グーグル情報革命の崩壊(2)/山本一郎(イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役)Voice8月14日(金) 12時52分配信 / 国内 - 政治◇ネットに蔓延した共産主義◇ 高度情報処理技術の革新による「情報革命」のようなものが、産業革命に匹敵するようなインパクトであると誤解されるに至った背景は、1998年から2004年にかけて世界的な金余り現象が発生し、有望な投資対象の絶対的な不足を理由に市場に対する過剰なリスクマネーの供給が行なわれたことによる。いまなお赤字を垂れ流している状態の世界最大手の動画サイトYouTubeも創業から現在までずっと赤字ながら、革新的なサービスを求めていたgoogleに2006年10月に買収された。その時点では16億5000万ドル、日本円で1700億円ほどである。そのときのYouTubeの売上高は15億円、09年のYouTubeの赤字額は480億円である。 YouTubeは原則として無料サービスである。大赤字であるが、googleの当時の利益率や成長力から考えるとYouTubeは彼らにとって相応しいオモチャだったのかもしれない。馬鹿馬鹿しい金額も、当時の金余りとgoogleの勢いがあれば許される遊びであった。 それ以外にも、米大手商業サイトeBayが、通信ベンチャーのSkypeを2700億円で買収した。両者とも、堅牢な技術的な背景と財務基盤をもつ優良企業だが、それだけの買収資金を用意できたのは、潤沢な資金が市場に集まっていて、企業は調達するのに有利な条件が整っていたからである。 事業を買ってきて売上の規模を膨らませ、その成長性を喧伝することで株価を引き上げる。その株価で株式を新規に発行し資金を調達して、また新たな事業を買ってくる。このようなビジネスモデルを日本でもいち早く実現し成功させたのがソフトバンクであり、光通信であった。2000年のネットバブル崩壊に伴って危機的状況に陥るが、市況の回復でまた勢いを取り戻している。 潤沢な資金を起業家に送り込む機能も充実していたが、結果として、最終的な収益は後日有料化したり、広告の掲載による収入を当て込むかたちで、無料サービスをネットで展開するというビジネスプランが流行った。とにかく無料でネットユーザーに利用させ、かき集め、そこに集まった人達に広告を見せたり物販サイトを併設したりして、初期投資にかかった費用と事業の運転資金を賄おうという計画である。YouTubeは、ネット上でコンテンツを無料でネットユーザーに見せ、膨大なユーザーを集めた。 日本でYahoo!が最大のポータルサイトである理由も、ほぼタダ同然に近い金額で引っ張ってきた新聞記事を無料で読者に読ませ、ニュースを読みたい大量の新聞読者に記事をばら撒くことで膨大なページビューを稼ぎ、そこに広告を掲載したり収益性の高い物販サイトを併設するなどして媒体力を伸ばしたからである。収益性を確保できるビジネスを連結させるための買収を進め、チケットサービスや旅行サイトといった、ネットで完結する事業を次々と買い取ることで規模を拡大していった。 市場に資金が集まり、赤字でも有望でさえあれば上場できた時代は良かった。集めた資金は枯渇しても、上場しさえすれば投資してもらった資金は株式の売却を通じて投資家に還元することができ、仮に上場できなくとも、集めた顧客が良質であれば、その顧客リストとそのサービス欲しさに法外な値段で買い取ってくれるリッチな上場企業が存在した。 この行き過ぎた資本主義のメカニズムは、ネット社会においては逆に「情報共産主義」ともいうべきジレンマを引き起こす。サービス側が顧客から金を取らずに無料で優良なサービスを次々と提供していった結果、本来なら情報を生成するのに必要な対価をユーザーが支払わないまま、「ネットの情報は無料で全員に共有されるべき」という共産主義的で反拝金主義の風潮が蔓延したのである。 悲劇的なのは、デジタルによって劣化なく、瞬時に、容易に複写されるコンテンツで事業を成立させていた業界である。音楽、映画、ゲーム、雑誌社や新聞社といった、コンテンツを制作するのに手間も人手も装置もかかるビジネスが、ネットの世界の無原則な資金調達余力の暴風雨によって狙い撃ちにされた。たとえば資金を集めて音楽サイトを設立し、そのシステムをつくる費用は出資金で賄う。有償であるはずの音楽をタダでばら撒いても、そのための費用はリスクマネーとして供給されている。サービスが慢性的な赤字であっても、そのサービスに集まった顧客上場企業に売れれば、創業者と投資家は利益を享受できる。 ユーザー側は、企業側の論理は知ったことではなく、その企業が赤字で倒産しても別の無料サービスに乗り換えれば済んでしまう。音楽や映画などは、著作権者や業界団体が拳を振り上げて違法サイトの摘発に乗り出し、海賊版サイトの鎮圧に成功したが、法的な庇護の下にない新聞や雑誌はデジタル世界における弱者に過ぎなかった。多くのユーザーに需要のある新聞記事は、顧客を集めるためのちり紙同然の存在として安値で買い叩かれ、重宝された。 情報の自由な流通の名の下に、すべての情報を共有するというインターネットユーザーの共産主義的な発想は、情報を生み出すために必要な収益的基盤を容赦なく破壊した。アメリカでは大手新聞社の平均収入が年間20%以上も減少し、報道を継続するための記者すら雇用維持できなくなっている。情報革命によってコストをかけて情報を生み出す従来の情報産業が敗者となり、トレーニングも受けていないネット媒体や、記事の正確性に疑問のあるネット記者、社会的に価値の乏しい芸能やスポーツといった娯楽情報だけが、洪水のようにネット内を駆け巡る。悪貨による良貨の駆逐が進むのみである。 【関連記事】 ・ マニフェストでは不十分 若田部昌澄 ・ 上昇気流に乗る日本経済 大前研一 ・ 資源インフレは再来する 藤巻健史 ・ なぜ円だけが乱高下するか 上野泰也 ・ 貯蓄率急落の先にある悲劇 伊藤元重 |
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