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歴史を誤認する藤井大臣/若田部昌澄(早稲田大学教授)

Voice11月27日(金) 12時32分配信 / 国内 - 政治

◇為替切り下げのよし悪し◇

 早いもので、このコラムを担当してから3年が経過し、このたび店じまいすることとなった。

 私の専門は経済学史なので、経済学を重視するだけでなく、歴史も重視する。だから過去との対比で現在を考える癖がある。もちろん過去との対比には注意すべき点も多い。けれども、過去の人びとが何を考えてどのように行動したかに興味がある私にとって、現代の人びとが何を考えどのように行動したかを追いかけることは非常によい経験だった。

 そして過去との対比にはやはりそれなりのメリットもある。就任直前の9月16日午後、藤井裕久財務大臣は円高を容認した発言を行なったとされ、直後に円は、ドルだけでなくユーロなどに対しても急上昇した。

 その後、藤井大臣は、円高容認ではないと発言を修正した。10月3日にトルコのイスタンブールで開かれた7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)では、「各国が通貨安競争をしてはだめだ。1930年代の為替ダンピングは世界経済・政治をむちゃくちゃにしたと話した」と、発言の「背景」を説明している。

 藤井財務相は過去の歴史から教訓を学んで、現在について判断を下していたわけだ。こういう態度そのものは望ましいものである。ただ、藤井大臣の場合、その教訓の引き出し方にやや問題がある。

 じつをいうと、1930年代の通貨安競争が大恐慌を激化させたという「教訓」は、現在の学界では支持されていない。たしかに80年代くらいまではまだこのような意見が主流であった。しかし、70年代の末から出始めた研究がこの固定観念を塗り替えた。

 なかでも重要だったのは、バリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学バークリー校)とジェフリー・サックス(コロンビア大学)の2人が85年に発表した論文である。

 ここで彼らは、為替切り下げの原因として2つを区別した。1つは、たんに為替を切り下げるというもので、この場合は日本が為替を切り下げるぶんだけ、外国の輸出が減ることになる。だから他国を犠牲にするという意味で、いわば「悪い切り下げ」である。

 しかし為替の切り下げにはもう1つある。それは金融政策を大きく緩和することである。この場合、日本の為替切り下げは金融政策の結果であり、しかも日本の国内需要が増えるから結果として外国からの輸入も増えることになる。世界中がこの意味での為替切り下げを行なうならば、それは他国の経済にも福音をもたらす「よい切り下げ」とでもいうべきものになる。

 藤井財務相がかねがね尊敬しているという高橋是清が昭和恐慌のときに行なった政策も基本的には、この「よい切り下げ」であった。よく高橋財政というように財政政策が強調されがちだが、実際には高橋財政の本質は金本位制から離脱して政策の自由度を確保したうえで、財政と金融政策を同時に発動した合わせ技にあった。

◇大恐慌・フランスの教訓◇

 このことは現在の円高を考えるうえでもきわめて重要だ。最近の円高基調を解説する記事は、必ずといってよいほどアメリカの金融政策が緩和基調であることを指摘する。つまり、円高ではなく、ドル安といいたいのだろう。

 円がドルだけでなくほかの通貨に対しても切り上がっていることが軽視されているのは気になるが、ここまではさほど間違っていない。そしてこうしたアメリカの金融緩和は、アメリカの景気拡大を通じて日本にもよい影響を及ぼすだろう。

 しかし、そうしたよい影響を確実に実現するためには、日本の側でもやるべきことはある。

 それは日本も、よりいっそうの金融緩和を進めることである。そうすることで日本は世界各国の景気拡大の恩恵を十二分に享受することができよう。

 仮にそうしなければ日本はどうなるのか。私が恐れるのは大恐慌時代のフランスのようになることだ。当時のフランスは、イギリスや日本をはじめ各国が金本位制から離脱していったにもかかわらず、長いあいだ金本位制に固執し、フランの価値を維持しようとした。そのため、アメリカよりも長くデフレ不況が続き、社会は深刻な分断状態に陥った。

 1934年2月、宿敵ドイツのヒトラーが、ベルサイユ条約に違反して空軍を保有していたことを明らかにしたときも、極右勢力のクーデター騒動が起きていたフランスはドイツに対抗できなかった(ちなみに、このときフランスが軍事介入をしていたならば、ナチス政権は崩壊していたといわれている)。さらに36年にはレオン・ブルムの人民戦線内閣が登場し、最低賃金の引き上げ、労働時間の制限、価格統制を打ち出したものの、左右両翼のどちらも満足させることはできなかった。

 日本がかつてのフランスのようになる必然性はない。しかし、フランスへの道を回避するには歴史に学ぶことが必要だろう。

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  • 最終更新:11月27日(金) 12時32分
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