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鈴木史朗「私と靖国神社―英霊へのお返し」

WiLL 2014/7/30(水) 16:08配信

■畏れ多かった靖国参拝

 靖國神社にはある思いがあって、昨年(2010年)のみたままつりではじめて参拝するまで、長らく足を運ぶことができずにいました。
 昭和十三年生まれで軍国少年だった私は、物心ついたときから「自分もお国のため、名誉の戦死を遂げて靖國神社に祀られるのだ」と思い込んでいました。ところが、昭和二十年に終戦を迎え、私は意に反しておめおめと生き延びてしまった。
 戦後は、アメリカ映画の『ターザン』に夢中になり、急速にアメリカナイズされていく自分がとても恥ずかしく、畏れ多くて、「こんな自分を英霊の前にさらすことはできない」と、靖國にはどうしても訪れることができなかったのです。
 そんな想いを長年持ち続けていた私が昨年(2010年)、みたままつりの奉納の舞台に立ったのは、ある歌がきっかけでした。
 私はカラオケが大好きで、十二年前からTBS主催のカラオケ道場に参加していました。本格的な道場で二百五十人もの人が所属し、半年に一度はきちんと衣装を着て発表会を行います。
 十二年の研鑽で得たものは、「上手い下手ではなく、人の心を打つものが『よい歌』である」ということでした。そして発表会に際し、私が「これを歌おう。この歌ならば聴いた人に何かを感じてもらえるはずだ」と考えて選曲したのは、徳土良介作詞、陸奥明作曲の「あゝ草枕幾度ぞ」でした。

■「死して国を護ります」

〈 一、ああ草枕 幾度ぞ すてる命は 惜しまねど まだつきざるか 荒野原 駒の吐息が 気にかかる

二、鞍を浸して 濁流を 越えてまた衝く 雲の峰 いななけ黒馬よ 高らかに 俺もお前も つはものだ

三、思へば遠く 来しものぞ 渡る風さへ 母の声 未練ぢやないが ふる里へ 夢や今宵は 通ふらん〉

 戦地の情景と心情が浮かぶ、とても心に染み入る名曲です。
 さらに私は、少し長めに入る間奏中に、「もしも私が兵隊として戦地に赴いていたら、どんな遺書を書いただろうか」と考えて作詞した詞を、セリフとして入れることにしたのです。
〈お父さん、お母さん、いよいよ明日は最後の戦いになります。私はお父さん、お母さんの無事を祈って、死して国を守ります。いままで何の親孝行もできませんでしたが、せめてもの親孝行だと思ってください〉
 そして、カラオケ大会当日。この歌を歌ったところ、五百人を超える聴衆のなかで、涙を流して聞いていた方が何人もおられました。TBS職員の若い女性もわざわざ楽屋へやってきて、「本当に感動して涙が出ました。もっともっと歌ってください」と言ってくれたほどでした。

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最終更新:2014/7/30(水) 16:26

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