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やしきたかじん夫人感涙手記 全文一挙掲載【家鋪さくら】

WiLL 2014/12/24(水) 14:02配信 (有料記事)

心ない誹謗中傷

 夫・やしきたかじんが亡くなって、まもなく一年が経とうとしています。この間、私は一部週刊誌の事実無根の記事や、インターネット上に書き込まれたいわれのない中傷に晒されてきました。
 あの日、主人の遺骨を持って東京から大阪へ戻る途中、周りに主人の死を知られないように骨壺をコートで包んで隠し、初めて一人で乗る新幹線の車内で二時間半、私は泣き続けていました。
 主人を失った寂しさと喪失感、さらに心ない誹謗中傷に打ちのめされ、主人のあとを追うことばかり考えていた時期もありました。実際に主人が服用していた睡眠薬を飲むなどして、入院生活を送っていた時期もあります。
 親しくさせていただいている方々からは、お会いするたびに「自殺したら絶対あかんで。死んだらあかん」と何度もおっしゃっていただき、勇気づけていただきました。

「世間がどう言おうが分かってくださる方々がいらっしゃる。私がマスコミ相手に言い争いをしても主人が悲しむだけだから……」
 そうした思いから、私はこれまであえて反論することなく沈黙を守ってきました。
 ところが、誹謗中傷は止むどころかますますエスカレートしていきました。この数年、主人に会ったこともなく、実際の状況をまったく知らない人や、友人や弟子と称する人たちが私の過去を取り上げ、ネット上に私の結婚歴や過去に私がブログで掲載していた写真が晒され、そのことで「重婚ではないか」との批判まで巻き起こりました。
 私が前の夫であるイタリア人と離婚する前に主人と入籍していたのではないか、との疑いの目が向けられたのです。しかし、それは事実とは全く異なります。私がイタリア人男性と知り合ったのは二〇〇八年の春。滞在先で出会い、遠距離恋愛でしたが、同年十二月に日本で入籍、翌二〇〇九年の春にイタリアで夫婦生活をスタートさせました。
 ところが、イタリアで暮らし始めてまもなく、文化や考え方の違いからすれ違いが生じ、その年の夏頃には彼との結婚生活を続けていくのは難しいと感じ始めるようになり、翌二〇一〇年春には別居状態となっていたのです。別に、ケンカをしていがみ合ってということではなく、私が向こうの環境に馴染めなかったのが原因です。
 ただ、そうした状況になっていることは私の家族にも話すことができず、家族を安心させるためにわざと和気藹々とした写真などをブログにアップしていたのです。
 しかし、さすがに二人ともこのまま現在の生活を続けていくのは難しいと判断し、翌二〇一一年五月から離婚に向けての話し合いを始め、二〇一二年三月一日に正式に離婚が成立しました。
 やしきと結婚したのは翌二〇一三年の十月ですから、「重婚」との批判は全く根拠のないものです。
 それ以外にも私には離婚歴があるのではないか、との「疑惑」がネットで噂されていますが、その点は事実です。たしかに、私にはイタリア人の夫と知り合う前にも離婚歴があります。ですので、私は何も主人が言ってくれたように「天使」のような純粋で清廉な女性などでは決してありません。自分自身でも女性としていろいろ思い悩んできました。本文:12,527文字 この記事の続きをお読みいただくには、WiLLプレミアム on Yahoo!ニュースの購入が必要です。

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家鋪さくら

最終更新:2014/12/24(水) 14:34

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