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少年Aが背負った「新たな十字架」【門田隆将】

WiLL 2015/7/2(木) 16:13配信

手記出版を知った被害者遺族の心情

「ああ、やっぱりな、という気持ちです」
 酒鬼薔薇事件の被害者遺族である土師守さん(59)は、あきらめ切ったようすで、そう呟いた。
 やっぱり──というのは、「少年A」が手記『絶歌』を出版したことに対してである。
 一九九七年五月、行方不明になっていた小学五年生、土師淳君(11)=当時=の切断された頭部が中学校の正門前に置かれ、口には、〈さあゲームの始まりです 愚鈍な警察諸君 ボクを止めてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない〉という「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯人の“犯行声明文”が咥えさせられていた。事件に日本中が騒然となった。土師守さんは、殺害された淳君のお父さんだ。
 太田出版から六月十日に発売された『絶歌』。少年Aが自ら綴ったこの手記に賛否両論が巻き起こる中、初版十万部に続いて、五万部の増刷が決定された(六月十八日時点)。
 事件当時、『週刊新潮』のデスクだった私は事件の取材をすると共に、特集の取材班を指揮してさまざまな記事を書いた。事件翌年には、土師さんと共に『週刊新潮』誌上で手記を、そして土師さんの手になる単行本『淳』の編集もおこなった。あの時、歩きまわったタンク山や向畑ノ池など、現場の風景は脳裡から離れない。その事件の主役、三十二歳となったAが、自らの半生を綴った書籍を突然、発表したのである。
 ネットで出版の情報を知った私は、十日早朝、土師さんの携帯にメールを送った。
「そうですか。驚きました。事前には何の連絡もありませんでした」
 すぐに土師さんから返信があった。まだ出版の事実を当事者である土師さんは知らなかったのである。遺族に黙って手記を出す──私は遺族が新たに受ける心の傷を思って、暗澹たる思いに捉われた。

「更生なんかしていない、反省の気持ちはない」

 淳君の命日が近づくと毎年、一種の儀式のように、土師さんのもとには、Aからお詫びの手紙が送られてくる。年を追うごとに、中身は深まり、長文だった今年の手紙に対して、土師さんは、〈私たちが事件の真の原因を知りたいと望んでいたことに対して彼なりの考えをつづっていたと思います。それで全てがわかったということではありませんが、これ以上は難しいのではないかとも考えています〉とまで感想を綴り、マスコミに公表していた。
 Aからの手紙について、私自身、何度も土師さんから複雑な思いを聞いている。彼の言葉を信じたい思いがある反面、どうしても、信じることができないということを。
 土師さんは、あらためてこう語った。
「本人から手紙を受け取りながら、頭の片隅で、疑念を持っていたのは確かです。それは、いくら手紙に反省の言葉を書いても、やっぱり更生なんか何もできてないやろう、治ってへんやろう、という思いです。だから、本が出たと聞いて、びっくりしたと同時に、やっぱりな、というのがあるんですよ。本を出す、ということは、更生なんかしていない、反省の気持ちはない、ということです。そういう意味では、逆の意味で、区切りがつきました。今まで、ずっと手紙に書いてあったことも嘘だったということです。妻もショックと言えば、ショックですが、(手紙の内容を)全く信じていたわけじゃないので……」
 アメリカには、およそ四十の州に「サムの息子法」と称される法律がある。犯罪者が、自分がおこなった犯罪のことを材料に本を出版するなどして、利益を得ることを禁止する法律だ。土師さんは、その法律が日本でも制定されることを強く願っている。

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最終更新:2015/7/2(木) 16:13

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