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【戦後70年 特別寄稿】昭和天皇とヴィクトリア女王(上)

WiLL 2015/9/7(月) 14:51配信 (有料記事)

昭和と英国を比較する

 四月二十九日は、少年の日の私にとっては天長節と呼ばれました。四大節は元日の四方拝、二月十一日の紀元節、四月二十九日の天長節、十一月三日の明治節でありました。「昭和の日」とか「文化の日」とかいうより天長節、明治節の節という漢語でぴたりと締まった呼び方のほうが、本当に祝日という尊い感じがいたします。ちなみに、節は祝祭の日を意味します。  
 小学校へ行って、鐘が鳴り、整列する。『教育勅語』が恭しく奉読され、気持も引き締まった。校長先生の短い訓辞があって解散です。お祝いの日は校庭に集合するが、授業がなくてお休みだから子供心に楽しかった。学校から帰りしなに紅白の落雁のお菓子をいただいたから、子供心にいよいよ嬉しかった。  
 では、「昭和という時代」をなぜ英国との比較で考えるか、まず話の要旨を申しあげます。
「昭和は一九二六年から足掛け六十四年続いた。これは英国のヴィクトリア時代が一八三七年から六十五年、続いたのに匹敵する。その間にイギリスは世界で最初の近代産業国家となり、七つの海に覇を制した。それは大英帝国の最盛期であった。ヴィクトリア女王が崩御した一九〇一年は明治三十四年に当たる。その四月二十九日、昭和天皇はお生まれになられた。  
 昭和には二重のドラマがあった。軍国日本の壊滅と経済大国の蘇生である。かつて降伏宣言を余儀なくされた君主で、その後もその地位に留まり、国民の敬愛を受け、廃墟の復興と繁栄を目のあたりにした君主は他にない。  
 だが、敗戦国が不死鳥のように甦ったことに対して、日本叩きは再開され、天皇の戦争責任追及も蒸し返された。しかしヴィクトリア女王に対し、阿片戦争の戦争責任を追及する人はいない。立憲君主に法的責任はないからだ。  
 それよりも、年配の人は昭和天皇のお蔭で平和が回復されたことを知っている。そんな昭和時代は世界史上の奇跡といっていい」  
 日本の国史学者の皆さまは、目が日本列島のみに釘付けになって視野狭窄に陥っている方が多いようですが、東西の言葉を習い、各地で生活し、複眼で角度を広げて、いま述べたように歴史を鳥瞰すると、昭和天皇とヴィクトリア女王を較べることで、歴史の意味がよりはっきり見えてくる。  
 それでは、世界史のなかの昭和史について眺め直してみたいと思います。本文:19,869文字 この記事の続きをお読みいただくには、WiLLプレミアム on Yahoo!ニュースの購入が必要です。

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平川祐弘(東京大学名誉教授)

最終更新:2015/9/7(月) 14:51

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