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「観念論」と坂本龍馬【門田隆将】

WiLL 2015/10/5(月) 18:50配信

国民の「命」を蔑ろにする政治家

安保法制をめぐる一連の騒動を見ながら、私は、ひとりの幕末の志士のことを思い起こしていた。土佐の脱藩浪士、坂本龍馬である。
 過激な尊王攘夷論で知られる「土佐勤王党」の最初の加盟者だった龍馬には、有名なエピソードがある。開国論者の勝海舟を斬るべく勝邸を訪問したが、現実の世界情勢と日本に迫っている危機を諄々と説かれた龍馬は、不明を恥じて、逆に開国論者となり、その場で勝の弟子となった。勝自身が明治になってから語った『追賛一話』に出ているこの龍馬の逸話を思い出したのである。
 一体なぜ、龍馬は、斬りにいった当の勝に会って、それまでの意見を変えたのだろうか。私は、龍馬が気づいたのは、現実を見ない「観念論」の危うさではなかったか、と思う。
 当時は世界中の情報が飛び交う現代とは違い、多くの日本人は情報から閉ざされた社会に生きていた。土佐で生まれ育った龍馬も、そのひとりだ。
 情報欠乏の中で、幅を利かすのは「観念論」である。現実には決して目を向けず、観念、言い換えれば空想の世界に浸る人は、いつの時代も少なくない。
 しかし、龍馬は勝と出会って、世界の情勢というものを知った。過激な尊王攘夷論者たちは、外国船を打ち払うことに何の恐れも抱いていなかったが、鎖国を長くつづけてきた日本が「産業革命」を経た西洋列強に、とても太刀打ちできるはずがないという「現実」を龍馬は、瞬間的に悟ったに違いない。しかし、観念論にどっぷり浸かった人間には、彼我の力の差さえ冷静に分析することができない。「独善」こそ、彼らの特徴だからだ。
 私は、国会前で「戦争法案をつぶせ」「徴兵制拒否」「憲法違反を許すな」と叫んだ人々を見て、そして国会で重箱の隅をつつく枝葉末節の議論を仕掛け、呆れるような観念論をぶっていた政治家たちを見て、「この人たちは、本当に日本人の命をどう考えているのだろうか」と、思った。
 折も折、北朝鮮の『「拉致」救出国民大集会』が九月十三日、日比谷公会堂で開かれた。その場に来ていない政党は、「共産党」と「社民党」と「生活の党と山本太郎となかまたち」だった。それは、まさに“象徴”ともいうべきものだろう。最も大切な国民の「命」を蔑ろにする政治家、言い換えれば、観念論に陥った政治家たちに、いったい何を託すことができるだろうか、と思ったのである。

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最終更新:2015/10/5(月) 18:50

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