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代議士の元秘書「怪死」の真相

FRIDAY 2月16日(火)18時54分配信

「怪死した野田さんとは1週間ほど前に会いました。野田さんは山田氏(山田賢司衆院議員)の政治資金収支報告書の偽造について刑事告訴する方向で、神戸地検との話し合いも進んでいたようですし、2月13日、14日には、3月に高校を卒業する娘さんが出場するクラブ活動の大会に応援に行くのを楽しみにしていました。私には、野田さんが自殺するとは思えません」(野田さんの友人)

 2月11日午前11時15分頃、兵庫県西宮市の路上に駐車中の車から、山田賢司衆院議員(49)の元第一公設秘書野田哲範氏(49)の遺体が発見された。車内には練炭があり、七輪に顔を突っ込んだ状態で見つかったため、遺体の損傷が激しく、身元特定に時間がかかった。司法解剖が行われたのは遺体発見から2日後の13日。鑑定の結果、遺体はようやく野田氏と特定された。

 野田氏は、2015年7月、自らが公設第一秘書を務めていた山田賢司衆院議員の給与ピンハネ疑惑を『週刊現代』で告発、さらに、政治資金収支報告書における公文書偽造で神戸地裁に刑事告訴する準備中だった。野田氏の死亡について、2月12日に神戸新聞が第一報を伝えたが、その後続報はほとんどなし。そのため、本当に自殺なのか? とネットやSNSでは大きな注目を集めることになった。Twitterでは、「怖すぎる」「自殺で処理していいの?」などの書き込みが相次いだ。

 野田氏は、不動産関係の仕事をしながら自民党青年局に入り、選挙応援や国会議員の後援会事務局のスタッフとして活動。その後、兵庫7区から出馬した山田賢司衆院議員の選挙を手伝った縁で2013年から公設第2秘書、その後、第1秘書となった。2014年9月には、西宮市議選に出馬するために秘書を辞職。だが、2015年、春の市議会選では、惜しくも落選。その後、再起を期して地元で活動するとともに、空き家についての相談を受けるNPOを設立した。

 野田氏の急死について、山田賢司衆院議員に取材を申し込んだところ、FAXにて以下のような回答があった。

「元秘書の訃報に接し大変驚いております。昨年の統一地方選挙に落選して以来、一切連絡がありませんでしたので報道機関からの取材で亡くなられたことを知りました。(中略)昨年7月13日発売の週刊誌において、元秘書が刑事告訴したとする記事が掲載されましたが、実際に告発されたのか否かは当方では分かりません。告発がなされたのであれば虚偽告発罪で元秘書を告訴する準備を進めておりましたが、今日にいたるまで弊事務所関係者が告発されたという連絡はどこからもありません」

 野田氏は生前、山田議員の政治資金収支報告書について、以下のように語っていた。

「自分は事務所を2014年9月に、離れているにもかかわらず、会計責任者とされ、勝手に印鑑を金額などの訂正に使用されている。これは公文書偽造ですよ」

 1月27日には、神戸地検でこの件について告発する目的で検事と面談もしている。

 野田氏は、亡くなる前日の深夜、複数の知人に『遺書メール』を送っている。
 「事情がありこの世を去ります」
 という簡潔な内容だが、実はこの『遺書』にも謎が隠されている。
「メールが、さほど親しくはない知人に送られており、本当に親しくしていた友人には送られていないんです。メールが届いた人も『なぜ私に?』と困惑顔でした」(前出・野田さんの知人)

 野田氏は15年7月に秘書給与についての告発をした際、
「何をされるかわからないから、気をつける。告発したことで改めて身辺はきれいにする」
 と話していた。「死人に口ナシ」で、疑惑解明の道が絶たれることはあってはならない。

最終更新:2月16日(火)20時0分

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