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国の文化は、国民の命そのもの

WiLL 4/28(木) 15:28配信

タリバンにも屈しない

二〇〇一年三月に、タリバン政権がバーミヤン遺跡の大仏を破壊したことは世界的によく知られていることですが、アフガニスタン国立博物館の破壊は、これに先立って行われたことでした。建物への砲撃、放火の挙げ句、文化財の破壊、略奪まで始まったのです。実に約二千五百点に上る所蔵品が破壊・略奪されました。
 アフガニスタンの共産党政権崩壊後、ムジャヒディン(イスラム義勇兵)各派のなかから頭角を現したタリバン政権が成立してからは、国民にとっても、また文化財にとっても暗黒時代となりました。一九九二年には博物館の全職員が休職状態に追い込まれ、九三年には博物館の建物がロケット弾を撃ち込まれて炎上してしまったのです。
 このような事態を懸念していた私たちは八九年、政府に相談し、博物館に所蔵されている文化財のなかでも貴重なものの一部を秘密裏にカブール市内に移し、情勢が安定するまで隠す計画を実行したのです。
 また、博物館に残して行かざるを得なかったものでも、比較的価値の高いものは倉庫にしまってありました。博物館に押し寄せた彼らは、職員を「文化財の破壊に応じなければ命はない」などと脅したのです。
 しかし、職員は屈しませんでした。タリバンから「なかを見せろ」と言われても、比較的価値の低いものが所蔵されている倉庫を開け、満足するまで破壊させて、守るべき文化財を保護しました。
 タリバンは文化財を見ても、その価値を判断できるだけの知識はなかったというわけです。そこをうまく利用して、職員たちはタリバンを誘導し、文化財を保護するための「マジック」を使ったのです。
 文化財の退避、そしてタリバンの誘導などの過酷な任務は、当然、一人でできることではありません。非常に困難な計画でしたが、当時、このプロジェクトにかかわった全員が文化財の価値、そして自分たちの歴史を共有し、職務に対する責任を知っていたこと、そして互いを信頼し合ったことが大きかったのです。
 アフガニスタンでは一九七八年、社会主義政権が誕生し、これに対抗するムジャヒディンによるクーデターと、軍事介入してきたソ連軍との戦いが始まりました。一九八九年にはソ連軍が撤退しましたが、その後の国内の支配をめぐって内戦は激化するばかりでした。
 その過程で、当時の政権がムジャヒディンとの戦いで弱体化するのを見ていた私たち博物館の職員は、やがて来るであろう政治空白の期間、いかにして文化財破壊の手から貴重な品々を保護するか、話し合いました。ムジャヒディンは文化テロを行い、文化財を破壊するであろうと考えていたからです。
 そして博物館員だけではなく、共産党政権であっても文化財の価値を認めていた当時の政府が、文化財の退避、保護を実行に移しました。まだ政治的な安定が残されていたので、行動を起こすことができました。これらの条件が揃ったからこそ、私たちは文化を破壊する勢力よりも先回りして文化・歴史を守ることができたのです。

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最終更新:4/28(木) 15:28

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