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神武東征の地政学

WiLL 5/26(木) 10:09配信

神武天皇は初代天皇であるが、現在の歴史学界では存在が否定されており、学校教育などでもほとんど触れることがない。
 これは戦後の風潮であって、敗戦まで日本人は、有史以来ずっと神武天皇を実在の人物と考えてきたのである。
 なぜ戦後、存在が否定されたかと言えば、占領軍の日本文化否定の方針が原因だが、その影響は昭和二十七(一九五二)年の日本独立後も色濃く残り、現在に至るも日本人の歴史観、国家観、文化概念を蝕み続けている。
 古事記や日本書紀(以後、記紀と略す)の記述によれば神武天皇は軍事指揮官であった。従ってその事蹟も軍事的事蹟であった。神武天皇の事蹟は神武東征と呼ばれてきた。東征とは軍隊を東に進めるという意味である。
 ところが戦後は憲法九条により軍事も否定されたため、軍事的事蹟そのものを理解できなくなった。当然、神武東征も否定され、日本における国家の起源は謎に包まれる事となった。
 そもそも国家は軍事に始まる。
 ある一定の地域が軍事征服され、その地域を統治するために国家が誕生する。統治が実現すれば国民生活は安定し経済が発展する。国家の発展を図式化すれば軍事征服→国家統治→経済発展という三段階で表されよう。
 しかるに日本では、戦後、軍事征服者にして国家創設者である神武天皇の実在を認めなくなったので国家誕生の経緯が分からなくなり、国家観が不明確になった。そこで、軍事や国家をないがしろにした経済優先主義が暴走して国策を誤らせるに至った。また国家観の欠如は社会と個人の関係を不明瞭にし国民の社会観、人生観までも動揺する精神的混乱が生じている。

神武天皇の実在を実感

 筆者が神武天皇の実在を確信した切っ掛けは、昨年、産経新聞に神武東征の足跡を辿る特集『「海道東征」をゆく』が連載されてからであった。そこに掲げられた一枚の地図を見た瞬間、筆者は神武天皇の実在を確信したのである。
「古事記における東征ルートと表記」と題されたその地図は、南九州を出発し北九州に至り、そこで反転して瀬戸内海を東に進み、一旦大阪に至り、更に紀伊半島の南端に至り、そこから陸路、奈良に至る神武東征の進撃路が図示されていたのである。
 この一見複雑な経路は、戦史を学んだことのない者から見れば、むしろ神武東征の史実に疑問を抱かせるであろうが、戦史を知る者にとってはかえって確信を抱かせるに十分な史料なのである。つまり神武東征の経路は戦略的合理性に適っている訳だ。
 地理上における戦略的合理性を探究する学問を地政学と呼ぶ。昨今、国際情勢の流動化に伴い地政学の重要性が再認識されつつあるが、筆者は三年前に出版した拙著『領土の常識』で地政学の法則を解説したので、それに従って神武東征の戦略的意義を説明しよう。
 地政学で最も重要な法則は、地中海の法則である。これは古代ローマ帝国の長期的繁栄から導かれた法則である。そもそも国家は海洋国家と大陸国家とに大別されるが、それぞれ発展すれば大国化し海洋帝国、大陸帝国を形成するに至る。
 だが海洋帝国と大陸帝国とを同時に長期間兼ねることはできない。何故なら海洋国家は海上交通路を防衛するために海軍を育成し軍艦を多数建造し維持しなくてはならない。大陸国家は長大な国境線を防衛するために陸軍を育成し、多数の兵員を養成し維持しなくてはならない。もし両者を兼ねるとなれば、巨大な海軍と巨大な陸軍を同時に維持しなくてはならず、国防費が膨れ上がって財政破綻をきたすのである。
 現代では空軍が登場したが、海洋国家であれ大陸国家であれ航空戦力を整備しなくてはならず、しかもそれぞれ海軍、陸軍は必要であるから財政に与える負担はより厳しくなっているといえる。

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最終更新:5/26(木) 10:09

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