ここから本文です

名優たちの”セカンドライフ” #010「ウラジミール・バイス」

footballista 6/8(水) 15:02配信

月刊フットボリスタ第33号より

#010 from QATAR
Vladimier WEISS
ウラジミール・バイス(アルガラファ/スロバキア代表)


ひと休み、のはずが今では「10年いてもいい」

 誰もがバイスの経歴を見た時、「まだ26歳と若いのに、なぜカタール?」と思うことであろう。しかし彼は今、カタールという環境を十分に満喫している。

 5歳でサッカーを始めたバイスは16歳でマンチェスター・シティのユースチームに加入。19歳でトップチームデビューを果たした。しかし層の厚いシティではほとんど出場機会がなく、2010年1月にボルトンへレンタル移籍したのを皮切りにレンジャーズ、エスパニョール、ペスカーラ、そしてオリンピアコス。1年ごとに欧州各国のクラブを渡り歩く流浪のフットボール人生の末、オリンピアコスでの出場時間の減少により移籍を志願した彼が14年1月、24歳の時にたどり着いたのがカタールのレクウィヤだった。

 当初、彼は長い間カタールに留まるとは思っていなかった。欧州という現実からの一時の脱却としてカタールを選んだに過ぎなかったのだ。

■欧州からの誘いにNO

 ところが、レクウィヤでの日々は思いのほか充実した時間となった。加入2年目の14-15にはリーグ連覇に加え、ACLでもベスト8進出。試合数も多く、外国人枠の都合によりローテーションを組んでもなお十分な出場時間に恵まれたのも彼には幸いした。当時の監督はあのミカエル・ラウドルップ。そのサッカー理念や選手をリスペクトする姿勢にバイスは非常に感銘を受け、「彼の下でプレーすることに喜びを感じ、彼から学び取るすべてのことが自分のキャリアの糧となる」と語っていた。

 しかし、昨年6月に契約更新のもつれからラウドルップは退団。その後就任したベルマディとの関係は良好とは言えず、バイスは今年1月、同じカタールのアルガラファ移籍を決断する。ゼニトからの打診もあり欧州へ戻る選択肢も存在したが、最終的にカタールに残る道を選んだ最大の理由は、ゼニトにはフッキがおり彼とのポジション争いは避けられないと踏んだこと。出場機会へのこだわり――夏にはスロバキア代表としてEUROを控える彼にとって、そこは譲れない点だった。

 レクウィヤと同じドーハに本拠を置くアルガラファは、旧クラブからわずか300mしか離れておらず、生活環境を変える必要がなかった点も大きい。近年アルガラファは中位に甘んじているが、07-08から09-10にはリーグ3連覇を果たしている。再建とタイトル奪還の野心に満ちあふれたクラブの体制に大きく共感したバイスは、実に5年という長期契約を結んだ。ポジティブな現監督カイシーニャとの関係も良好なようだ。

 バイスにとっては、「出場機会、信頼に足る指揮官、向上心に満ちたチーム、自分と家族が快適に過ごせる環境」が重要なのだ。そのすべてが満たされている今、「なぜカタール?」と聞くのは野暮かもしれない。現在のカタールリーグは、レクウィヤのようなトップチームでさえもスタジアムは欧州のように満員にはならない。しかし、22年W杯開催に向けて必ず人々の興味が高まるとバイスは確信している。レクウィヤ時代に「もし幸せに過ごせるなら、10年ここ(カタール)にいてもいい」と言っていた。その未来に彼がいるか今はまだわからない。ただアルガラファとバイスの挑戦を興味深く見守りたいと思う。

(文/佐藤真理子)

■プロフィール
ウラジミール・バイス
(アルガラファ/スロバキア代表)
1989.11.30(26歳)
172cm / 72kg MF SLOVAKIA

2009-10 マンチェスター・シティ(ENG)
2010 ボルトン(ENG) on loan
2010-11 レンジャーズ(SCO) on loan
2011-12 エスパニョール(ESP) on loan
2012-13 ペスカーラ(ITA)
2013-14 オリンピアコス(GRE)
2014-16 レクウィヤ(QAT)
2016- アルガラファ(QAT)

最終更新:6/8(水) 15:02

footballista

記事提供社からのご案内(外部サイト)

月刊フットボリスタ

株式会社ソル・メディア

Issue 039
11月11日(金)発売

特別定価980円(税込)

[特集]
フットボリスタと欧州サッカーの10年

なぜ今? 首相主導の働き方改革