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「敗北から学び取るなんてあり得ない」アイマールが言い放った「勝者論」。その対極にある日本人の美点

SOCCER DIGEST Web 6/10(金) 15:21配信

アイマールの言葉は日本人として受け入れ難かった。

 10年ほど前、アルゼンチン代表MFのパブロ・アイマールにインタビューした時のことである。「敗北から学び取ることは?」という筆者の質問に対し、彼の口から出た言葉は、凡そ日本人としては受け入れ難かった。

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「敗北から学び取る? そんなことあり得ない! 負けた人間がどうやって成長できるんだい? フットボールの世界では、勝った人間だけが学び、成長できるんだよ」

 敗者には語る価値もない。勝者のみが生き残れる。それはひとつの流儀だった。「勝者論」というべきだろうか。それはどうやらアルゼンチン流だったようで、リオネル・メッシやファン・ロマン・リケルメなども同じような趣旨の発言をしている。

 道徳観は各国でこれほど違うモノなのか、と思い知らされる。

「この負けは悔しいですが、今後のいい経験にしたいと思います。自分たちの立ち位置や自分がどこまでやれるか、なにができないのか、ということが分かりました。それを忘れずに練習し、次に生かしたいと思います」

 日本人の選手たちは、こうした発言をステレオタイプに語る。おそらくサッカーファンなら、何度も耳にしたことがあるコメントの類だろう。いわば、「敗者論」というべきか。なにもあしざまに言っているのではない。敗北に学ぶべき点がある、と日本人は真剣に信じているのだ。

 勝者論と敗者論――。

 きっと、そこに正邪はない。文化的背景があるわけで、優劣を語れるものでもないだろう。勝者しか生き残らない、という考え方は、常勝のメンタリティを生む。

 しかし、その熾烈さは日本人の人生観に合うか、は疑わしい。こつこつと物事を積み上げ、何度かばらばらに崩れても、そこにロジックを見出し、より良いものに仕上げていく、という努力を怠らない。それは日本人の美点だろう。

進取の姿勢は間違いではないが……。

 発展途上にある日本サッカーは、どうしても世界標準のサッカーと比較し、そこからなにかを得ようとする。進取の姿勢は、間違ってはいない。しかしながら、なんでもかんでも採り入れても、ひどいことになる。物の考え方や人との付き合い方など一つひとつが異なるからだ。

 例えば、欧州のサッカー少年たちは、幼くして議論することに慣れている。目上のコーチに対しても、平然と反論する。彼らはそうした同等のコミュニケーションによって、サッカー脳を向上させる。そこで「対話が上手い」と評判の欧州の監督を日本に連れてきたとする。しかし日本の子どもたちは、欧州の子どもたちとはまるで違った意思疎通構造を持っている。それは暗黙の了解、もしくは目上の人への沈黙といったものだろうか。

 日本人選手は一般的に、欧州や南米の選手よりも成長に時間がかかる。欧米では若手とは呼べない「五輪世代」、もしくは五輪後に頭角を現わす選手が少なくない。その理由は、自立心が低く、個人主義が薄く、精神的成熟が遅いからだろう。

 一方で、日本人は物事をしっかりと捉えながら成長する意志は強く、早熟型よりも晩成型が多い。これは敗北、もしくは失敗からの学習を意味している。

「抑制や不足の中でこそ自らの考えを絞り出す」

 その性質を、我々日本人は好むと好まざるにかかわらず持っているのかもしれない。落ちこぼれ、追い込まれ、そこから立ち上がる。その逞しさこそが、日本人の強さの源ではないか。本田圭佑、長友佑都、岡崎慎司などはその象徴だろう。

“折れない心”という言葉があるが、折れない心はなく、折れた心が再生することで強くなる。それは日本人の生き方そのものであるかもしれない。

 敗北から学べるか?  日本サッカーはその自問自答で成長するしかない。

文:小宮 良之(スポーツライター)

【著者プロフィール】
小宮良之(こみや・よしゆき)/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡り、ジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、2016年2月にはヘスス・スアレス氏との共著『「戦術」への挑戦状 フットボールなで斬り論』(東邦出版)を上梓した。

最終更新:6/10(金) 18:44

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