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マリリン・モンロー、闇から浮上したSEXシンボル

MEN’S+ 6/12(日) 13:46配信

5分で分かった気になるモンロー講座 (真剣に理解したい方は一生かかりますが!)

 1926年6月1日、カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれた彼女。母親は精神病を患っていたようで、1934年には入院。母の親友であるグレース・マッキーの世話になります。そして1935年、9歳のときに里親であるグレース・マッキーの結婚にともなって、ロサンゼルスの孤児院へ入ります。その後、いくつもの養家をたらい回しにされるという幼少期を過ごします。第二次世界大戦下の16歳のとき、高校を中退し、最初の結婚をします。そして19歳のとき、航空機部品工場で働いていたモンローの写真が陸軍機関誌『YANK(ヤンク)』に掲載されたことがきっかけとなり、ハリウッドスターへの階段を登っては降り、登っては降り、そしてまた登っていったのでした。 
 
 その後、良いこともスッタモンダもありながら、トップスターへと登り詰めたかのように見えた彼女だったのですが…。1962年8月5日、36歳のときに自宅の寝室で死亡。モンローの葬儀は、ジョー・ディマジオが取り仕切ったということです。 
 
 身長は166.4cm、体重は53.5kg、スリーサイズはB94-W61-H86と、Wikipediaには記されています。トレードマークは口元、真っ赤に塗られたリップとホクロです。「モンロー・ウォーク」という独特な歩き方も生み出しました。靴のサイズは24.5cm。髪はブロンドのイメージですが、本当の髪の色はブルネット(褐色)だったようです。 
 
 そして「モンロー」というステージネームは、彼女の実母の旧姓…。様々な理想への思いが複雑に融合して、20世紀最高のセックスシンボルは誕生したのでしょう。そして、様々な欲望の渦中に遭遇して……。
  
 では皆さん、この25枚の写真から彼女の魅力を、今一度噛みしめてみてください。そして、彼女を知っている人も知らない人も、一人の美女が繰り広げた一生を垣間見ることで、なんらかの英気(鋭気も)が養えれば…幸いです。

【生誕90周年のマリリン・モンローを時系列で並べた写真集一覧】

『帰らざる河』の一場面

【1954年】
1954年4月全米公開、オットー・プレミンジャー監督の『River of No Return(帰らざる河)』の名場面です。マリリン・モンローは酒場の歌手ケイ・ウェストンを演じました。その酒場で歌うシーンです。時にギターを弾き、ときにこのようにピアノに横たわり、お色気たっぷりに歌ってくれたのでした。
 
そしてこの年の12月、マリリン・モンローはプレイメイト第一号として『PLAYBOY』創刊号を飾ったのでした。

メンズクラブ編集部

最終更新:6/12(日) 13:46

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北朝鮮からの脱出
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