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夏目漱石が朝日新聞に書いた新連載『それから』の予告文

サライ.jp 6/12(日) 7:20配信

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)6月12日の朝、漱石は、東京朝日新聞社会部の山本笑月(しょうげつ/本名・松之助)へ、次回連載の小説の題名を手紙で連絡した。

《小生の小説の名は「それから」と申候(もうしそうろう)。今月二十日前後に二、三十回まとめてご送付致すべく候》

笑月から、スケジュールの連絡とともに題名の問い合わせがあったのに応じた返信だった。漱石は5月31日にこの小説の稿を起こしていたが、すでにその時点で題名を決めていたのだった。

漱石は同じ手紙の中で、予告文が必要ならそれも用意する、と伝えた。笑月からはすぐに折り返しの連絡で、予告文もほしいとの要望が出された。こうした手紙のやりとりは、当時きわめて迅速で、その日のうちになされている。郵便の集配も頻繁だし、使いの者に直接配達を頼むやり方もあった。

漱石が夕食を終えた頃、第一高等学校の校長をつとめる畔柳芥舟(くろやなぎ・かいしゅう)が、例年の通り、サクランボの手土産を持って漱石山房(早稲田南町の漱石の自宅)を訪れた。

畔柳芥舟は、本名・畔柳都太郎(くろやなぎ・くにたろう)。サクランボの名産地・山形の出身で、漱石がロンドンから帰国後に一高の教師となったとき、教員室で向かい側に座っていた元同僚だった。漱石が『吾輩は猫である』を書き始めた折には、話のネタとなる多少の材料も提供したという。もともとは漱石が大学院生のとき1年に入学した東大英文科の後輩で、漱石の下宿に本を借りにいったこともあった。

芥舟本人の言葉を借りれば、「弟子を超越し、さればとて友人には達せず、まず私からいえば親しい先輩、夏目さんからいえば親しい後輩」という一種特別な関係。そんなことで、余計な気遣いをすることなく、けれど礼を失しない態度を保ちつつ、互いに率直な意見交換ができた。

たとえば、いつぞやは講演の謝礼について、ちょっとした議論をした。漱石はその講演を好意で引き受け出かけていったのに、あとで謝礼が届けられた。その謝礼によって、自分の気持ちが中途半端なものにされた気がしたとして、漱石はこう訴えた。

「私は労力を売りに行ったのではない。好意づくで依頼に応じたのだから、向こうでも好意だけで私に報いたらよかろうと思う。もし報酬問題とする気なら、最初から御礼はいくらするが、来てくれるかどうかと相談すべきはずでしょう」

芥舟は、こう答えた。

「しかし、どうでしょう。それは労力を買ったという意味でなくって、夏目さんに対する感謝の意を表するひとつの手段と見たら。そう見るわけには行かないのですか」

「品物ならはっきりそう解釈もできるのですが、不幸にも御礼が普通営業的の売買に使用する金なのですから、どっちとも取れるのです」

「どっちとも取れるなら、この際、善意の方に解釈した方がよくはないでしょうか」

芥舟の言っているのは、ごく常識的なとらえ方だろう。芥舟ならずとも、漱石先生、何もそこまでこだわらなくても、と言いたくなる。だが、漱石は、なおもこう付言した。

「私は富裕とはいえませんが、原稿料で衣食して、どうかこうか過ごしています。自分の職業以外のことにかけては、なるべく好意的に人のために働いてやりたいという考えを持っています。そうしてその好意が先方に通じるのが、私にとっては何よりも尊い報酬なのです。だから金など受けると、私が人のために働いてやるという余地、その貴重な余地を腐蝕させられたような心持ちになるのです」

おそらく、漱石の思いの根っこはもう一段深いところにあって、近代の資本主義経済というものが、知らぬ間に人間の精神性をもおかしかねないことを憂いていた。

さて、この日、あれこれの世間話をして、畔柳芥舟が山房を引き上げたのが午後10時。漱石は、その後、予告文の作成にとりかかった。

《色々な意味に於て「それから」である。「三四郎」には大学生の事を描(かい)たが、この小説にはそれから先の事を書いたから「それから」である。「三四郎」の主人公はあの通り単純であるが、この主人公はそれから後の男であるからこの点に於ても、「それから」である。この主人公は最後に、妙な運命に陥る。それからさき何(ど)うなるかは書いてない。この意味に於ても亦(また)「それから」である》(『それから』予告)

これから発表する小説『それから』は、先に新聞連載した『三四郎』の内容を、底流として引き継ぐものであり、さらにそれが次作(『門』)へと続くことを、漱石は早くも匂わせている。

漱石先生が添え文をつけてこの予告文を投函したのは、日付が替わる深夜12時の少し前だった。

■今日の漱石「心の言葉」
金はある部分から見ると、労力の記号だろう。ところが、器械的の労力が金に変形するや否や、急に大自在の神通力を得て、勝手次第に精神界が攪乱されてしまう。不道徳極まる魔物じゃないか(『永日小品』より)

Web版「夏目漱石デジタル文学館」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

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住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

最終更新:6/12(日) 7:20

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