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AKB48「翼はいらない」が示した、“アイドル現場の論理”とは真逆の価値観

リアルサウンド 6/12(日) 13:00配信

【参考:2016年5月30日~2016年6月5日のCDシングル週間ランキング(2016年6月13日付・ORICON STYLE)】(http://www.oricon.co.jp/rank/js/w/2016-06-13/)

 2016年6月13日付の週間CDシングルランキングでは、「AKB48 45thシングル 選抜総選挙」の開票を6月18日にひかえたAKB48の『翼はいらない』が、144万枚以上を売り上げて初登場1位になりました。

 「翼はいらない」は、赤い鳥による1971年の「翼をください」の向こうを張ったかのような曲名です。そして、聴いてまず印象に残ったことは、メロディー・ラインはフォーク然としているのに、ブラスが鳴り響くサウンドは1970年代の歌謡曲のようだということでした。

 その微妙な「ズレ」は、MVを見ることでさらに増幅されます。登場するのは、なんと学生運動に身を投じるAKB48の姿。その舞台は1960年代終盤かと思ったのですが、Type CのDVDに収録されている「翼はいらない Music Video -完全版-」を見たところ、1972年3月から11月までが舞台だと判明しました。

 戦後の学生運動において、1972年は大きな分岐点となった年です。1972年2月19日から2月28日にかけて連合赤軍があさま山荘事件を引き起こし、その解決後には、12人もが犠牲になった山岳ベース事件が発覚。それが社会を震撼させたことにより、学生運動は急速に退潮していく……はずなのですが、「翼はいらない」のMVにはそうした雰囲気がまったくないんですよ!

 しかも、故・若松孝二が監督した『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』や『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』に登場する学生運動の再現映像よりもはるかに潤沢な資金があることが、衣装ひとつをとっても感じられるため、なんとも言えない気持ちになりました。

 この「翼はいらない」のMVの監督・脚本は、ホイチョイ・プロダクションの馬場康夫。「バブル時代にブイブイ言わせていたホイチョイ・プロダクションが学生運動を描くの……?」とも思ったのですが、馬場康夫は1954年生まれ。1972年当時は18歳の計算になります。思いっきりリアルタイム世代です。

 ならば、1972年が舞台なのに、なぜこんなに学生運動が盛り上がっている設定なのか? こちらが総括を求められている気分になりましたが、「柏木由紀の時代性を超越するエロさの前では100年ぐらいは誤差の範囲内」という天啓をピコーンと受信したので、あまり深く考えないようにします。なんなんだよ、あの突然の百合シーンは。

 ともあれ「翼はいらない」は、赤い鳥の「翼をください」を連想させることをフックにして、幅広い世代に訴求する楽曲に仕上がっています。もちろん全共闘世代にも。こうした楽曲のMVでは、学生運動も新左翼のイデオロギーから完全に切り離されて、もはやノスタルジーに吸収されているのだな……とも考えました。

 この『翼はいらない』も様々な盤種が存在しますが、まず反応してしまったのが、Type A/Type Bに収録されているTeam Aの「Set me free」。ストレートなR&Bナンバーで、ここまでソウルフルに歌う楽曲も新鮮でした。

 さらに、Type Aに収録されているTeam Bの「恋をすると馬鹿を見る」は、1970年代マナーのディスコ・ナンバー。Type Aを聴いていると、フォーク1曲にブラック・ミュージック2曲といった感じで、軽く頭が混乱しました。

 また、Type C/劇場盤に収録されているTeam Kの「哀愁のトランペッター」は突然のラテン歌謡。表題曲である「翼はいらない」こそフォーク~歌謡曲的ですが、カップリング曲のサウンドのバラエティは豊かです。

 そして「翼はいらない」は、2013年の「恋するフォーチュンクッキー」とは異なる音楽性であるものの、誰にでも親しまれるような楽曲である点は共通しています。アイドル現場では、「盛り上がれる曲=いい曲」という価値観もありますが、それとは真逆の価値観を提示しているのが「翼はいらない」なのです。「MIXが打てるかどうか」といった現場の論理から離れて、AKB48の大衆性を担保している楽曲の一例が「翼はいらない」だと感じました。2016年現在のアイドルポップスにおいて、この判断はなかなか勇気がいることでもあるのです。

宗像明将

最終更新:6/12(日) 13:00

リアルサウンド

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