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池畑潤二が語る、フジロックが人々に愛される理由【前編】

ローリングストーン日本版 6/13(月) 19:00配信

【特別連載】
ローリングストーン日本版 × フジロックフェスティバル ’16



「ミスター・フジロック」と言っても過言ではない、裏方と出演者という2つの側面から20年間フジロックを支え続けてきた男、池畑潤二。もとはルースターズのドラマーで、近年では苗場食堂の夜の顔「苗場音楽突撃隊」やグリーン・ステージの朝の顔「ROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRA」のドラムス担当としてお馴染みだが、実は裏方スタッフとしても会場の設営からゲストの送迎までこなしているという、無くてはならない存在だ。そんな彼が思う、フジロックの魅力とは。前編となる今回は、すべての人が安心して楽しむためのフジロックの取り組みについて語ってもらった。

―池畑さんとフジロックの最初の関わりって何だったんですか?

もともとスマッシュ(主催)と関わりがあったんです。フジロックが始まる前から代表の日高さんたちと一緒にキャンプによく行っていたんですよ。1990年くらいかな。本当に、いろんなところに行った。"蕎麦食べに行くぞー!" って信州の方に行ったり(笑)。そのキャンプ生活がフジロックの原案になったんですけど。

―自然の中でフェスをやりたかった?

漠然とだけど、みんなで世界中をこんな感じで廻れるといいねって。僕らもそういうことをやっていくうちに山で過ごすために必要なものとか、少しずつ学習していくんですよ。最初は着の身着のままだったのが、だんだん装備も充実させていって。最初はテントも持ってなくてシートで代用していたくらいだったけど。

―アウトドアのプロが集まったというわけではなく、だんだん勉強していって、フェスを開催するまで至ったと。

日高さんがね。僕は付いていくだけだったから。で、最初にやったのが1997年のフジロック。それまでのアウトドア経験からしっかりした装備じゃないと山の天候に耐えられないことが分かっていたので、自分たちはいつものように準備していたんだけど、来ているお客さんを見たらみんなそういう格好をしてなくて "これはヤバイな" と。結果、最悪な事態となり、その時の失敗がその後のフジロックに大きく作用していくわけです。

―今では会場内の設備もかなり整っていますよね。

形としてはだいぶ出来上がってきましたよね。自分たちで何が必要なのかをその都度考えて、今の形になった。やっぱり人を集めて何かをやる以上、自分たちがある程度準備しないと。毎回終わった後にみんなで話し合って、必要だと思ったものを挙げて、次の年にはそこをクリアさせていくんです。

―池畑さんはミュージシャンとしてだけではなく、そういった裏側の部分にも深く関わっていらっしゃるんですね。

いつも本番の1週間~10日くらい前には苗場入りして、会場内の危険なところを修復したりしています。ボードウォークってありますよね。いつも地元の方たちが中心になって開催前と後に点検や修繕をするんですけど、僕もそういう作業に参加させてもらってます。


冬の苗場スキー場。積雪で冬の間に設備が壊れることもあるので、毎年かならず点検・修繕をしている。

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最終更新:6/13(月) 19:00

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