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アイドルは年齢とキャリアをどう重ねていく? AKB48、Perfume、Negiccoが示す新モデル

リアルサウンド 6/14(火) 13:36配信

・AKB48「翼はいらない」にこめられたアイドルシーンへのメッセージ

 「AKB48 45thシングル選抜総選挙」の投票権が封入されたシングル「翼はいらない」が6月1日にリリースされた。この作品の初動売上は144.1万枚。もはやシングルの売上枚数で何かを語るのがナンセンスであることは世間一般に浸透した印象があるが、それでも今の時代にこの枚数を売り上げるというのは驚異的と言わざるを得ない。幅広い年代に浸透した「365日の紙飛行機」を踏襲したと思われる素朴なフォークソング調のサウンドは、一部の若手ミュージシャンが醸し出す「フォーキー」なムードとは全く異なる「歌声喫茶」的な雰囲気。PVには楽曲のイメージに合わせて学生運動を思わせるシーンが登場するが、<大人たちに支配されるな>というメッセージを発した欅坂46「サイレントマジョリティー」とのリンクを感じなくもない。

 表題曲のセンターを向井地美音が務め、NGT48の加藤美南と高倉萌香が初めてシングル選抜に抜擢されるなど、次代の48グループを担うメンバーが意識的にフィーチャーされている側面もある「翼はいらない」。そんな中で異彩を放つのが、宮崎美穂と大家志津香の選抜入りである。宮崎は「Everyday、カチューシャ」以来実に5年ぶりの選抜入りであり、大家に至っては「じゃんけん選抜(「鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら 僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの」)」を除いては今回の曲で初めてシングル選抜のメンバーとなった。

 宮崎は5期、大家は4期とグループではすでにベテランの域であり、彼女たちの後に加入したメンバーの中ですでに何人もの「次世代エース」が登場している。グループにおける「干され」的な立場にあったとも言える2人は、バラエティ番組やライブのMCなどでの活躍を通してこのタイミングでスポットライトの当たる場所を掴みとった。

 次から次に新しいメンバーが加入し、その中で見込みがありそうな人間をどんどんピックアップしていくスタイルをとっている48グループの運営は、その一方で中堅・ベテランのメンバーにもしかるべきタイミングでチャンスを与えている。3期生の仲川遙香(JKT48)や多田愛佳(HKT48)は人気が停滞してきたタイミングでの移籍で新たな活躍の場を得たし、最近では一度メインの「出世街道」を外れた感のあった入山杏奈(握手会での事件など不可抗力の面もあったが)が再びフォーカスされる機会も増えている。必ずしも「使い捨て」ではない「人事方針」は、前総監督の高橋みなみの代名詞「努力は必ず報われる」がグループの精神として浸透している証拠だろうか。

 人気の伸びが一時的に思わしくなくても再び浮上できるという仕組みは、アイドルカルチャーが今後持続可能なものとして定着していくために必ず必要となるものである。ただ、この考え方が根付くかどうかについてはこの文化を受容する側の問題も大きい。「若いアイドルほど持てはやされる」という空気がある限り、一定の年齢(世の中全体で見れば十分に若いとされる年齢がボーダーラインとなる)を越えたアイドルは挽回のチャンスを与えられることなくシーンから退場せざるを得ない。

 アイドルの「年齢」に関する制限(「差別」と言ってもいいかもしれない)は不文律ではあるものの確実に存在しており、それはアイドルカルチャーというものが世間から奇異と嫌悪の視線を向けられる際の根拠の一つとなっていると言えるだろう。ここをいかに打破するか、という観点はこの文化の今後を考えるうえで重要な要素を占めているように思えるが、それに関連して秋元康はこんな示唆的な発言をしている。

「小嶋さん(小嶋陽菜)はAKB48で何とか30歳越えしてほしいし、最終的には40歳までいってほしい。個人仕事をしてもいいし結婚してもいい、公演だってほとんど出なくてもいい。だけど年に一度くらい劇場に出演することが発表されて「え、小嶋さん出るの!?」ってなる。それでそのうち、自分の娘くらいの世代の子とMステに出る。そんなことができるのは小嶋さんしかいないし、それがかっこいいと思う」(2016年3月12日「AKB48SHOW」より 発言の一部を要約)

 冗談っぽいトーンではあったが、ここにはいくらかの本音も混ざっているように思える。ここで語られている姿は一般的に想定される「アイドル像」とは大きくかけ離れているが、こういう形での「アイドル」が登場することこそがアイドルカルチャーの未来につながっていくのではないだろうか。

・「アイドルと加齢」という古くて新しい問題、そしてトップランナーたちが示すもの

「「アイドル」という言葉というかジャンルの興味深いところとして、「その後」のことをみんなが過剰に心配するっていうところがあって。アイドル特有ですよね。演劇だったら「続けたい人は続ける、就活を機に生活のバランスをシフトする人はシフトする」くらいの感じで見ていると思うんですけど、アイドルはすごく心配されやすい。10代の前半~中盤からアイドル人生が始まってしまうからというのが大きいと思いますけど」(レジーのブログ「アイドルと自意識、アイドルの自意識22 - 『「アイドル」の読み方』を巡る香月孝史さんとの対話(後編)」より(http://blog.livedoor.jp/regista13/archives/1025117553.html))

 当サイトで「アイドル論考・整理整頓」を連載中の香月孝史氏から聞いたこの話は、自分の中で深く印象に残っている。「アイドル戦国時代」を経てアイドルを名乗る女子の数が著しく増えていることを考えると、まもなく「元アイドル」がそこら中にいるという誰も体験したことのない時代が到来することになる。10代前半で芸能の世界に飛び込んで、場合によっては何のスキルも得られぬまま、「若さ」が失われると同時にそこからの退出を余儀なくされる。(少し大げさな話かもしれないが)そんな形で世間に放り出されて不幸になる人を少しでも減らすためにも、年齢とともに消費されていく従来型の「アイドル像」の更新が求められる。

 受容する側がアイドルに「若さ」を求めがちな一方、アイドル自身もこれまではキャリアを積むにつれて「アイドルではない何か」になりたがる傾向があった。「アイドルという肩書はあくまでも通過点で、その先にある本当になりたいものを目指すべし」という考え方は、そもそもはAKB48でも採用されているものでもある。そんな状況に照らし合わせると、昨年12月20日の「ボクらの時代」において前田敦子が高橋みなみと指原莉乃を前にして話した内容はとても興味深い。

「(いつまでアイドルなのか、という高橋みなみの問いに対して)アイドルで始まったなら、アイドルで終わるんだよ。やめてからも、メディアでの取り上げられ方は「あっちゃんが」。「あれ、変わらないぞ?」と。でもそれって別に嫌なことじゃないなと思って。だから肩書は(高橋が)「歌手」とか(前田が)「役者」だけど、今でも「アイドル」」

 冒頭の香月氏の話に引き付けると、アイドルに「その後」なんてない、自分はこれからもアイドルとして人生を送っていくのだから心配はいらないという意味にも読める。女優としての地位を固めつつある前田敦子が「これからも自分はアイドルだ」と発言することに勇気づけられる現役アイドルも多数いたのではないだろうか。

 また、「若いことだけが美徳ではない」ということを自らの活動を通して伝えようとしているのがPerfumeである。「アイドルとアーティストの違い」という不毛な問いを無効化させながら道なき道を進む彼女たちは、年齢に応じて表現のマイナーチェンジを図っている。以下は、PerfumeのブレーンでもあるMIKIKOの発言である。

「高校生、大学生の頃はなるべく直線的に、ラインを出さない振付けを心がけていたのですが、今は、3人の変化に合わせて品のいい曲線のラインも加えての表現を追求していますね」(「装苑」2016年5月号より)

 Perfumeの振り付けに女性らしいしなやかな動きが目立つようになったのはシングルで言うと「スパイス」「Spring of Life」あたり、23歳ごろからだろうか。さらに、最近ではボーカルについてもエフェクトが弱まる方向に進んでおり、女性として、人間としての成熟をよりダイレクトに表現へ反映させる傾向が強まっている。

 Perfumeの活動全般について、MIKIKOは同じインタビューでこうも発言している。

「これからも、彼女たちの年齢に応じて、その時がいちばん輝く見せ方を作っていけたらいいなと思っています。それは例えば、かわいさであったり女の子であること、性別を売りにしない表現ということ。それが、3人の自信にもつながっていってほしい。日本はまだ、女の人が若さを失うことはマイナスだという世の中ですよね。でも本当はそうじゃなくて、年を重ねることは楽しくて、自分自身の財産が増えていくということ。表現にだって幅ができていきます。年相応がすてきで肯定したいことだというメッセージは、Perfumeのパフォーマンスを通して、伝えていきたいことの一つです」

 表現の境地として、すべてのアイドルがPerfumeのレベルに到達できるわけではない。それでも、ローカルアイドルを出発点として今では海の向こうでも支持を得ている人たちがこういうスタンスで活動しているというのは、「アイドルを続ける」もしくは「女性がステージに立ち続ける」ということについて多くの人に希望を与えているはずである。

・「アイドルのまま大人になる」 一つの理想形としてのNegicco『ティー・フォー・スリー』

 若さだけに寄りかかることなく、時間が経過しても「アイドル」として魅力的な存在であり続ける。そんなテーマに対して、音楽的な側面から一つの理想形となり得るものを提示しているのが5月24日にリリースされたNegicco『ティー・フォー・スリー』である。

 作品の方向性は、一言で簡単に説明してしまえば「アーバンなポップス」。ソウルやディスコテイストの楽曲から、最近のバズワードではなく70年代後半~80年代あたりの純正シティポップの匂いを感じさせるもの、渋谷系の時代とのつながりが感じられるカラフルなギターポップなど、今の時代における「洗練」につながる様々な音楽的意匠が導入されている。

 「ポップスとして高度に完成しているアイドルのアルバム」というのはこれまでにいくつも生まれている。そんな中で『ティー・フォー・スリー』が特別なものに思えるのは、Negiccoが昨今のアイドルブームから生まれた若いアイドルではなく、グループとして10年以上のキャリアがあり、かつこれまでもたくさんの苦労をしながら今の立ち位置を築いてきた存在だからである。「名のある作家を集めておしゃれなアルバムを作ります」というような企画先行の作品ではなく、彼女たちがこれまでの活動によって増やしてきた支持者とともに自然に作り上げたアルバムという趣の『ティー・フォー・スリー』。『Melody Palette』『Rice&Snow』、そして『ティー・フォー・スリー』と徐々に洗練度合を増していきながらも根底にある人懐っこさや暖かさは変わらないNegiccoのディスコグラフィは、彼女たち3人がこれまでのふんわりした雰囲気を保ちながらも大人の女性になっていく過程ともリンクする。

 『ティー・フォー・スリー』の先行シングルでもあり、AOR感あふれる大人っぽいトラックに深みのあるボーカルが乗る「矛盾、はじめました。」には、<理想も現実も生きたいの>というフレーズが登場する。アイドルらしい華やかさと人間的な成熟をともに感じる今作を聴いた後にこの言葉をかみしめると、「アイドルとして魅力的な存在であり続ける」という理想と「しっかり年を重ねて立派な大人になる」という現実をともに両立させる、というような決意表明にも聞こえる。今のアイドルシーンにおいて、この2つをどちらも得ようとするのはおそらく「矛盾」に他ならない。ただ、この矛盾が解決したときにこそ、アイドルカルチャーは誰からも後ろ指をさされない真の意味での文化になるのではないかと思う。Negiccoがこの先時間が経っても「アイドルとしての魅力」を持ち続けること、そしてそれが多くのアイドルにとってのロールモデルとなることを期待したい。

レジー

最終更新:6/15(水) 18:12

リアルサウンド