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髪の毛ボサボサのあの人気者が書いたチャーチル論

JBpress 6/14(火) 6:10配信

 (文:鰐部 祥平)

 毎年数冊はチャーチル関連の本が発売されている。私自身、以前にもHONZでチャーチルを題材にした本をレビューしている(http://honz.jp/26150)。チャーチルという政治家には、やはりそれほど魅力があるのだろう。

『チャーチル・ファクター』の表紙はこちら(JBpressのサイトへ)

 個人的なことを言えば、劣等生であった少年が大学教育も受けずに、政治家として大成し、第二次世界大戦で世界の趨勢を決定するほどの大きな仕事を成しとげたという点に、とてつもない魅力を感じる。学校の成績が振るわずとも、父親に劣等生としてのレッテルを貼られようとも、たゆまぬ努力を続け、幸運を味方につける事ができれば、何者かになれるかもしれない。少年時代を劣等生として過ごしてきた私には、一種の希望の光なのだ。

 むろん、彼の魅力はそれだけではない。本書『チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力』の著者も数多あるチャーチルの魅力にぞっこんのようだ。

■ 保守党議員から嫌われていたチャーチル

 チャーチルに魅せられているのは、私や著者だけではない。著者曰く、昨今の若い保守党員の間ではチャーチルは神格化されているという。しかし、チャーチルが存命していた頃の彼の評価はそれほど芳しくはなかったようだ。

 例えば1940年に彼が首相に就任したときには、多くの保守党議員が彼に対して疑念や不安を隠さず、敵意をむき出しにしていたという。1940年の首相就任といえば挙国一致体制でヒトラーに臨もうとしていた時だ。国家の危機のさなか、彼が属す保守党の議員の間では、チャーチルに対して日和見主義、裏切り者、ほら吹き、利己主義者、恥知らず、たちの悪い酔っ払いなどと、あらゆる非難が沸き起こっていた。彼は、自分に敵意をむき出しにする味方を率いて、戦争に挑んでいたのである。

 なぜ彼はそこまで保守党議員たちに嫌われていたのであろう。その理由のひとつは、彼の政治経歴にある。彼は保守党議員として政界にデビューするが、保守党が凋落の兆しをみせると自由党に移籍。その後さらに保守党へと移籍するなど、政治的な風向きによって党籍を変えてきたからだ。

 しかし著者は政党を馬になぞらえ、彼は馬を見事に操り、そして乗り換えたのだと擁護する。政党は仕事をなすための道具であり、使いこなすものなのだ。チャーチルは政党に使われる人間ではなく、政党を使いこなす側の人間であったという事であろう。

 また、彼は自身の利益や知名度を上げるために、きわどい策略を行うことも多々ある。そこには巨大な利己主義の側面が見てとれる。チャーチルに愛情溢れる文章を書いている著者も彼の日和見主義的な側面や肥大化した利己主義の存在を認めている。

 その他にも、当時の保守党員に嫌われる原因として、イギリスを福祉国家にするべく大きく舵を切った一人であることも見逃せない。彼の福祉政策は大目に見ても、当時の保守党の議員たちからは、社会主義的な性格のものに映ったはずだ。しかし、彼の福祉政策は時代を先取りした物であった事も確かだ。彼の福祉政策は第二次世界大戦の功績に隠れがちだが、もっと高く評価するべきだと著者は言う。

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最終更新:6/14(火) 6:10

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