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旅行会社勤務から老舗寿司店の4代目に!?

R25 6/15(水) 7:01配信

「サラリーマンを経て家業を継ぐ」――会社で働いていた頃の経験は、どのように現在に生きてくるのだろうか。今回は、かつて旅行会社のプロのスキーガイドとして、ヨーロッパを飛び回っていた手塚良則さんにインタビュー。現在は実家「松乃鮨」の4代目として、父親である大将と10名のスタッフとともに店を切り盛りしている。

■寿司職人に憧れつつスキーガイドの道へ

小学生の頃、友だちが家に遊びに来ると店の寿司をご馳走し、みんなの喜ぶ顔を見ているうちに、寿司職人を夢見るようになったという手塚さん。ところが父は、大学卒業後は外の会社に就職するように言った。

「外の世界も見た方がいいと言われたので、大学卒業後は旅行会社に就職しました。子どもの頃から得意だったスキーを生かし、スキー場のガイドとしてヨーロッパや北米、オセアニア、南米などを転々と。お客様は日本人の富裕層で、スキーのために旅行にいらっしゃる方たちです」

将来寿司職人になった時には海外へ寿司文化をアピールしたいと考え、食文化が発展しているヨーロッパに精通することにこだわった。

「最初はカナダなどが担当だったのですが、少しずつヨーロッパへ行く機会を増やしてもらいました。シーズン中はスキーガイドをし、オフシーズンには長い休みをもらって旅行をしたり、個人的に請け負ったツアーガイドをしたりすることもありました」

■「継ぎたい」意志を継げると父と大げんか

3年間のサラリーマン生活を経て日本に帰国。父に店を継ぎたい意志を告げたが、大反対を受ける。

「今までで一番の大げんかでしたよ。やはり、飲食店は大変ですから」

何とか父を説き伏せて継ぐことになり、まずは別の寿司店で修業することに。海外で自由に働いていた感覚からすると、日本の伝統的な“修業の文化”には耐えがたいものもあったのではないだろうか。

「以前から魚をさばくなど技術的な修業はやらせてもらっていましたが、別の店ではまず掃除や皿洗いから始めました。正直、『こんなの意味ないじゃん』と思うこともありましたが、子どもの頃から寿司職人になるという目的があったからこそ耐えられたのだと思います」

地道な修業を受け入れられたのは、大学の頃の恩師に教わった「異文化コミュニケーション」のおかげもあるという。

「大学3年生の時に受けた英語の授業の先生に、否定せずに異文化を受け入れる素晴らしさを教えてもらいました。サラリーマンと寿司職人の世界はまさに“異文化”でしたが、否定せずに、とりあえず今の環境で一生懸命やってみようと思えました」

■会社員との違いは「マニュアルのない世界で自ら学んでいく」こと

1年の修業を経て、実家で働くことになった手塚さん。3年の裏方を経験し、現在はカウンターに立って握っている。サラリーマン時代との大きな違いは、どんなところだろうか。

「会社員ならある程度仕事を教えてもらえると思いますが、この世界にはマニュアルがありません。口頭でも教えてもらえないのです。例えば、寿司を握るときのシャリの量をほかの職人に聞いても『わからない』と言われます。なぜなら、お客さんによって違うから。例えば、ご年配の方には小さく握ります。固さも、手で食べる方には極限までやわらかく、箸で食べる方には崩れない程度に固くします。それも決まっているのではなく、お客さんの好みによって変わるので、マニュアル化できないのです」

手塚さんが日々鍛錬しているのは、握り方だけではない。

「魚の目利き、さばき方、骨の構造など、知らなくてはいけないことはたくさんあり、一朝一夕にできるようにはなりません。わさび農場へ見学に行ったり、マグロ漁船に乗ったりするなど食材の産地を訪ねながら、日々知識と経験を積み重ねています。また、お客様に教えていただくことも少なくありません。まだまだ至らない点はありますが、『勉強』だけが自分に自信を付けてくれると思っています」

会社員から寿司職人へ。同じような経験をする人は決して多くないだろうが、手塚さんの「自ら学ぶ姿勢」は、会社員にとっても大きなヒントとなるはずだ。

(栃尾江美/アバンギャルド)


(R25編集部)

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびR25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

最終更新:6/16(木) 18:45

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