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『HUNTER×HUNTER』における自由 赤ん坊/王/ハンターの可能性

KAI-YOU.net 6/15(水) 19:10配信

人は誰しも、思い通りに生きたい。

好きなものを好きなだけ食べたり、アイドルや女優と付き合ったり、働かずに暮らしたかったりする。これを(狭義の意味で)“自由”と呼ぶ。

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だがそれはもちろん“許されない”。皆が自由に振る舞っては“社会”というものは成立しないからだ。僕達は一定の不自由を許容しているおかげで、街中でいきなり強盗に襲われることのないような、秩序のある生活ができる。18世紀のフランスの政治哲学者・ルソーのいう「社会契約論」なんかは超平たくいうとそういうことだ。

しかしそれでも、自由に生きたい、誰の束縛も受けずに、自分の思うがままに行動したいと願う者がいる。そしてそれは『HUNTER×HUNTER』の世界では3つの可能性として描かれる。

赤ん坊と、王と、ハンターだ。

許される存在としての赤ん坊

赤ん坊は、何をやっても“許される”。そうでないと、生きていけないからだ。だが赤ん坊は社会に生きていない。では誰が、何が赤ん坊に自由に生きることを許すのか。

母親だ。なぜなら家族とは、社会の最小単位だから。

ところで、冨樫義博が『幽☆遊☆白書』の中で、一番嫌いなキャラクターをご存知だろうか?

それは主人公である浦飯幽助の幼馴染・雪村螢子である。その理由として「描いてて面白くないから」だと自身の同人誌『ヨシりんでポン!』で語っている。僕なりに解釈するなら、幽助の行動を束縛する、母性的な存在だからだ。

さっき母親を自由を許す者と書いたが、それは同時に“許さない”権利を持つ者、ということでもある。

子供はもっともっと自由に遊びたいのに、 いつだって母親が邪魔をする。


「僕が今まで描いてきた漫画は、主人公も含めてみんな片親だったり、色んな家庭環境のキャラクターが多いんですよね。僕自身はいまだに両親も健在だし、よくある家庭環境でしたけど(笑)。でも、漫画を描いてみたらそういう家庭環境になりますね。特に主人公とか、長く描いていくだろうなってキャラクターは全部、そんな感じです。まあ、元々、漫画の中に親とかは邪魔だと思っているんですよね。」(「冨樫義博×石田スイ 特別対談 - 少年ジャンプ+」より 冨樫義博の発言)

赤ん坊は自由だ。けれど、成長して家族から次なる段階(コミュニティ)へ移るために、どうしても不自由を与えられてしまう。人間として社会で生きていくには、どうしようもないことなのだ。

それでも不自由な社会の中で自由に振る舞いたいなら、強さが必要だ。

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最終更新:6/15(水) 19:10

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