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リバプールからサッキのミランへ。4-4-2戦術の発展と、ゾーンディフェンス+プレッシング【西部の4-4-2戦術アナライズ】

フットボールチャンネル 6/15(水) 10:20配信

 アトレティコが躍進して以降、復活の感があるフラットな4-4-2システム。だが昨今各国リーグで成果を上げている4-4-2は、以前のそれとは様相が異なっている。かつてサッカー界にインパクトを与えた4-4-2とはどのようなものか。現在のスタンダードを作ったチームは、リバプールとACミランだった。(文:西部謙司)

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フラットな4-4-2の原型はリバプールに

 70~80年代にヨーロッパを席巻したリバプールの4-4-2は、アトレティコ・マドリーなどが使っている現在の4-4-2の原型だった。リバプール以前にも4-4-2はあったが、ポジションに対する考え方が違っている。

 リバプール以前はポジションというより役割だった。プレーメーカー、攻撃的MF、守備的MF、ボランチ……これらはプレーヤーの特徴や役割を表したもので、場所は限定していない。中盤をフラットな横並びにしたリバプールの4-4-2では、ポジションは文字どおり場所になっている。中盤の右、中央右、中央左、左。それだけなのだ。

 チャンピオンズカップに初優勝した76-77シーズンのプレーメーカーはイアン・キャラハン。インサイドキックのパススピードと精度は格別で、30メートル級のパスをグラウンダーでピシャリと蹴る力があった。当時、30メートルのパスはロングパスと呼ばれていてサイドキックで通せる距離とは考えられていなかった。流れを読む能力、運動量、卓越したボールコントロールと一級のプレーメーカーである。ただ、リバプールにおいてのキャラハンはあくまで中央右側を担当するMFの1人という位置づけなのだ。

 キャラハンの能力は格別だったけれども、与えられている役割自体は他のMF 3人と同じ。担当するエリアにおいての攻守を割り振られている点で同じなのだ。プレーの流れの中で中央左を担当するレイ・ケネディと入れ替わったり、他のポジションと一時的に替わることはある。ただ、とくにキャラハンにボールを集めるわけでもなく、守備を免除されてもいない。右のジミー・ケース、左のテリー・マクダーモットも同じように与えられたエリアでの攻守をこなしていた。

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最終更新:6/15(水) 10:20

フットボールチャンネル

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