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ビートたけしの『浅草キッド』はオイラ文学の金字塔! 『浅草キッド』 (ビートたけし 著)

本の話WEB 6/17(金) 12:00配信

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は阿野冠さん。

 おれは街を描いた読み物にめっぽう弱い。

『新宿鮫』、『六本木心中』、『池袋ウエストゲートパーク』等々。いわゆる地名入りに外れはない。それが浅草ならばなおさらのこと。著者がビートたけしで、あとがきが井上ひさしとくれば、これはもう7が3つそろったジャックポットだ。

 昭和47年、浅草はすでに若者の盛り場としての役目を終えていた。

 たけし青年の言葉をかりれば、今も昔も「終っちまった街」なのだ。時代遅れの景観。昔かたぎの登場人物はバカで小粋でお人好し。ページをめくるたび、踊り子たちの粉白粉の匂いが鼻をくすぐる。

 特筆すべきは深見千三郎師匠との出会いだ。弟子入りを願い出ると、エレベーター内で老芸人は小気味よく靴音を響かせる。

「いまのステップを稽古してみな」

 たけし版『座頭市』の下駄タップの原点ここにあり。とはいえ、この青春小説の魅力は軽妙な語り口だろう。

「オイラ、コメディアンやりたくてきたんですけど」

 オレでも、ぼくでもない。『オイラ』には純粋さがある。その一方で何をやらかすかわからない狂暴さが愛おしい。この一人称の潜在能力は高い。たけし青年は一流の芸人にも、最高の犯罪者にもなれるということなのか。

 日本語の一人称は多様だ。アメリカだと『I』で済むっていうのに、日本じゃ私・俺・僕など数えあげたらきりがない。

 世界レベルの大江健三郎や村上春樹は『僕文学』。そして浅草キッドは『オイラ文学』の金字塔だと断言。広い世界で公的に『オイラ』を使用して良いのはビートたけしのみ。

 俺がチョイスしたのは『おれ』。ひらがなで書けば不良っぽさも少しやわらぐ。

 安酒場でクダを巻くときはチューハイ片手と決めた。歌うは浅草キッド。

『夢はすてたと 言わないで 他にあてなき 二人なのに』

 カリスマのいない現代。でも、おれには憧れの男がひとりいる。持ち前のかすれ声を、もっとハスキーにしぼってその名を呼ぶのさ。

 ビートたけしだ、バカヤロー!!!

阿野 冠(あの・かん)

1993年生まれ。東京の下町、谷根千で野球少年として育つ。児童劇団に入り、子役として活動。高校在学時に『花丸リンネの推理』で作家デビュー。

文:阿野 冠

最終更新:6/17(金) 12:00

本の話WEB

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