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汽車旅に出た夏目漱石!当時の「駅弁」には何が入ってた?【日めくり漱石/6月17日】

サライ.jp 6/17(金) 7:20配信

今から105 年前の今日、すなわち明治44年(1911)6月17日、漱石は朝5時半に目を覚ました。そして妻の鏡子と一緒に家を出て、東京・上野の停車場へ向かう。信濃教育会に依頼された講演を行うため、8時10分発の列車で長野へ赴こうとしているのだった。

漱石は伊豆・修善寺での危篤状態を経て、この2月に退院したばかり。鏡子が同行しているのは、夫のまだ不十分な体調を案じてのことだった。

はじめ漱石は、「講演に行くのに女房なんか連れていくのはみっともない」と言って、鏡子の同行を拒絶していた。だが、鏡子の方も譲らない。たまたま子供が熱を出して、小児科の医師の豊田鉄三郎が往診で自宅にやってきた時、漱石はここぞとばかり、医師に同調を求めた。

「ねえ、豊田さん、今度、長野へ講演に行くんですが、女房がどうしてもついて行くと言い張るんです。小学校の先生が集まっている中に、女房なんか連れてゆくのは、みっともないですよね」

漱石先生、ここで賛同を得て、鏡子を説得しようとの目論見であった。ところが、豊田医師はこう答えた。

「いいえ、そんなことは決してございません。僕の恩師の先生なんか、講演にいらっしゃる時は決まっていつも奥さんとご一緒です」

こうして、思わぬ先例を突きつけられ、漱石と鏡子、夫婦ふたりの講演旅行が実現することになったのである。

漱石は少しでも体が楽なように1等車で行きたかった。だが、1等席は高崎までしかないという。途中で乗り換えるのも億劫(おっくう)なので、夫婦は2等車の乗客となった。

列車には食堂車もついていなかった。大宮まできたところで、前の座席の乗客から「弁当はここで買っておいた方がいい」とアドバイスされた。漱石はそこで、昼食用の弁当をふたつ、50銭で買い求めた。

北陸新幹線開通前の信越本線・横川駅で人気を博した駅弁「峠の釜めし」が売り出されるのは、この47年後(1958年)のこと。高崎名物のだるま弁当は、さらにその2年後の販売という。漱石先生が買った駅弁はどんなものだったのか、興味深い。

藤森清著『漱石のレシピ』には、明治5年(1872)創業の「駅弁の井筒屋」に伝わる話として、当時の駅弁はご飯は白飯で、《おかずは玉子焼と蒲鉾、煮豆がいわば三種の神器。あとは魚か鳥肉を焼いたり、煮たり、佃煮にしたものが入れられる》と紹介されている。

小説『三四郎』で、東海道線に乗った三四郎が食べる駅弁には、三種の神器(玉子焼、蒲鉾、煮豆)以外の4番目のおかずとして「鮎の煮びたし」があったようだが、内陸部の駅弁だと、魚ではなく、鳥肉の甘煮(うまに)あたりが入っていただろうか。

漱石が窓の外に目をやっていると、高崎付近から山が見えだし、その高さが段々と増していくのが感じられた。横川からいくつものトンネルを抜け軽井沢までくると、出迎えの人がふたり来ていた。ここから長野市内の宿まで、案内しながら同道するという。

出迎えにきていたふたりのうちのひとりは、一高時代から漱石の顔見知りの野田六次だった。現在は内務部土木課の技師として、長野で働いているとのことだった。野田六次は車窓から見える山や樹木などを、ひとつひとつ丁寧に説明してくれた。

長野停車場に着いたのは夕方5時過ぎ。ここにも師範学校長以下、何人かの人々が出迎えにきてくれていた。宿泊場所として準備されていたのは、現在も老舗ホテルとして営業を続ける「犀北館」(さいほくかん)だった。

翌日は善光寺見物のあと、県会議事堂で「教育と文芸」と題する講演を行なった。善光寺の門前では、漱石は旧知の松崎天民(「大阪朝日新聞」「国民新聞」などで新聞記者をつとめた文筆家)とばったり出逢った。

白チョッキに麦藁帽子、細君を連れてにこにこやってくる人がいると思ったら、それが夏目漱石だった--天民はのちに、自身の紀行文の中にそんなふうに綴っている。出発前はあれこれ文句を言っていた漱石先生も、夫婦での旅を結構楽しんでいたのだろう。

漱石の講演旅行は、長野市で追加の依頼を受けて、新潟県高田市、長野県諏訪市へと続いていく。鏡子はその旅のあいだ中、漱石の食べ物に気をつかい、「そんな堅いものはいけない」とか「今度はパンにした方がいいでしょう」などと、口やかましく世話を焼きつづけたのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
なに失礼な細君だ? 別に失礼な事はないさ。礼も非礼も相互の解釈次第でどうでもなる事だ(『吾輩は猫である』より)

Web版「夏目漱石デジタル文学館」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

最終更新:6/17(金) 21:53

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