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巨人、橋本到の現在地――故障者多い外野陣で求められる役割

ベースボールチャンネル 6/17(金) 16:00配信

立岡に出場機会を奪われた男

東京ドームにようやくその男が帰ってきた。

巨人の背番号32。橋本到である。
16日、楽天戦で「1番センター」として先発出場するとプロ初の4安打を記録。チームの5割復帰に貢献した。
試合後のお立ち台では「もっと打ちたいです」とサッカー日本代表・本田圭佑ばりの強気のコメントも復活。
今季はキャンプ前の自主トレ中に右ふくらはぎ肉離れで離脱、2月の宮崎キャンプ取材に行った時も室内練習場のリハビリ組で調整する橋本の姿があった。
開幕後も2軍暮らしが続き、今月12日に昇格するまで1軍出場もなし。
つい数年前まで、坂本勇人に次ぐ巨人の有望若手野手として期待されていた男は、昨季ある1人の選手の台頭でポジションを失うことになる。

同じ90年生まれの立岡宗一郎である。
立岡はシーズン中盤から1番センターとして定着すると103安打を放ち、規定打席未到達ながらも打率3割を記録。文句なしの2015年若手MVPプレーヤーだ。
こんな時ファンは喜んだなあと、ふとこう思う。
「これで他の選手の出番が減ったな…」と。
同じ左打ちアラサー外野手松本哲也、立岡と同い年の大田泰示、さらに立岡の1つ年上で一時外野にも挑戦していた藤村大介は15年1軍出場0に終わった。
つまり、誰かがそこに座れば、誰かは弾き飛ばされる。
レギュラーからベンチへ。東京ドームからジャイアンツ球場へ。
そして一度そのイスを失うと敗者復活はなかなか難しい。どんなに時間をかけてモノにしても、失う時はあっけないものだ。

チャンスをつかめなかった数年間

「なにやってんだよ バカ野郎」
だからあの夜、橋本到は自身の練習メモにそう殴り書きをした。
14年5月8日、DeNA戦の守備時に左太もも肉離れを発症し故障離脱。
開幕からスタメン出場を続け、掴みかけたレギュラーを自ら手放す怒りと絶望。
俺はいったいなにをやってんだ…。橋本はペンを握り、惨めさを心に刻み込んだ。
いつもこうだ。最初はいい。なのに怪我や不調で自らチャンスを逃す。
翌15年も春先に「3番センター」として大抜擢。
一時打率4割越えの救世主的な活躍を見せるも徐々に失速し、立岡の台頭もあり、最終的に打率.219で終えた。
出場数も前年の103試合から68試合へと激減。
そうこうしている内に橋本はプロ8年目の26歳になった。
巨人支配下選手の外野手では一番若かった90年組だが、15年ドラフト2位で六大学現役最多盗塁の重信慎之介外野手(早大)を指名。
キューバ代表の新助っ人ガルシアも入団し、さらに3軍制も創設され、これからは下の世代からの突き上げも受けるだろう。

どの世界でも20代中盤は人生の最初の倦怠期だ。
ついこの間まで「若いから」という理由で許されてきたことが、徐々に通用しなくなってくる。
新卒の時に色々教えてくれた先輩も新しく入って来る新人たちに付きっきり。
で、恐ろしいことにぼちぼち同期とも差が出始める。
スタートは同じだったのに1軍で出世コースに乗る選手、2軍暮らしが続きそろそろ転職を考える選手。
気が付けば給料もバラバラ。昨オフ、立岡は900万から一気に4倍増の3600万円。新婚の橋本は200万円ダウンの2600万円でサイン。わずか1年で派手に追い抜かれてしまった。

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最終更新:6/17(金) 16:00

ベースボールチャンネル