ここから本文です

時の名前に身をまかせ――暮れ六つって何時? 西洋時法に大混乱

本の話WEB 6/19(日) 12:00配信

 先日、6月10日の時の記念日にちなんで、ラジオで「時間や時計にまつわる小説」を3冊紹介した。取り上げたのは、ケン・グリムウッドのタイムスリップ小説『リプレイ』(杉山高之訳・新潮文庫)と、綾辻行人の本格ミステリ『時計館の殺人』(講談社文庫)。そして浅田次郎の短編「遠い砲音」(中公文庫『五郎治殿御始末』所収)だ。

「遠い砲音」の舞台は明治6年。太陽暦導入に伴い、時間の呼び方も「明け六つ」や「亥の刻」などから24時間制に変わった年だが、元武士で現在は近衛兵として勤務する主人公はこれにまったく馴染めない。つい、上司に「遅くとも暮れ六つには戻りますゆえ」と言ってしまい、

「かつての暮れ六つとは、日の入りより三十六ミニウトの後じゃ。只今の冬の時節なればそれはおおむね五時ということになるが、夏であればずっと遅くなる。そちも早う西洋定時法に習熟いたさねば、軍務に支障をきたそうぞ」

 と怒られる始末。反省してみせるものの、心の中は不満だらけだ。一日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることの何が悪い、夏の一日が長く冬の一日が短いのは道理じゃないか!

 説明しよう(ヤッターマン風に)。江戸時代の時刻制度「不定時法」では、日の出の約30分前を「明け六つ」、日没の約30分後を「暮れ六つ」とし、その間を6等分して「一刻(いっとき)」とした。なので、昼夜の長さがほぼ等しい春や秋は、一刻=2時間。ところが、たとえば夏至の時期になると、昼の一刻はもっと長く、夜の一刻は短くなるわけだ。

 じゃあ、日の出が六つなら、そこから先は七つ、八つか? それが違うから面倒臭い。明け六つのあとは一刻(2時間)ごとに、朝五つ、朝四つと数字が減っていく。それが昼の12時でいきなり昼九つになり、そこからまた昼八つ、夕七つと減って、暮れ六つだ。そしてまた宵五つ、夜四つ、夜中の0時で夜九つ。ややこしいわっ!

なぜ明け六つの次が五つなのか?

 九が起点になったのは陰陽思想に理由がある。陰陽道では奇数(陽)は偶数(陰)より尊いとされてて、中でも九は「陽の極数」と呼ばれる重要な数字なのだ。じゃあなぜそこから数字が減っていくのか? ……それが奥さん、これ実は、数が減ってるんじゃないんだよ増えてるんだよ!

 江戸不定時法の「八つ」は「9-1」じゃなく、2×9=18から来ている。その次の「七つ」は3×9=27。わかる? 9を2倍、3倍にしていって、積のヒトケタ目だけを取り出してるのだ。これが昼八つ、夕七つの正体なんだよビックリだよ。まあ、面倒なんで、時代小説読むときは「九つから減ってく」って程度に覚えてれば充分だ。この時法を知ってれば、落語の「時そば」で与太郎が失敗した理由がわかる。

 もうひとつ、当時の時刻の呼び方には十二支も使われた。こっちの方が有名かな。深夜0時を中心とした一刻(23時から1時まで)を「子の刻」として、そこから一刻ごとに丑、寅、卯……と続く。草木も眠る丑三つ時、てのは丑の刻(午前1時から3時までの間)を4分割した3つめ=午前2時~2時30分を指すというわけ。

「遠い砲音」で新時法に馴染めない主人公が、ちょっと喜ぶ場面がある。昼の12時を正午と呼ぶ、というお触れを聞いたときだ。「午の刻の正中にして、すなわち正午である。によって、正午より以前を午前と称し、以後を午後と称す」――これを聞いた主人公は思う。「長く親しんだ『午の刻』が、この先のおのれの生活の中に生き残ることが有難かった」と。

 この気持ち、わからないでもない。ぜんぶがひっくり返った明治維新。今まで信じていたものは間違いだったのか? そんなときに「これからも午の刻は午の刻だよ」と言ってもらえたんだから。あ、そういえばもうひとつ、今の生活に残っている江戸時法があるよね。「おやつ」だ。昼八つ(午後1~3時)に食べるからお八つ、という次第。

1/2ページ

最終更新:6/19(日) 12:00

本の話WEB

Yahoo!ニュースからのお知らせ