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夏目漱石を「明治期最大の地震」が直撃した瞬間。

サライ.jp 6/20(月) 7:10配信

今から122 年前の今日、すなわち明治27年(1894)6月20日、午後3時過ぎ、大学院生として東京帝国大学の寄宿舎にいた漱石は、耳の底に届くような地鳴りを感じた。続いて、大きな揺れがやってきた。地震だった。

このとき、あわてた学生のひとりが、寄宿舎の窓から飛び下りて怪我をするというひと幕もあった。安政2年(1855)の大地震以来の大揺れ、明治年間に東京近郊を襲った最大の地震といわれるものであった。東京市内で倒壊した家屋は90戸、破損家屋は4千8百30戸余り、死者が24名出たと伝えられている。

しばらくして、寄宿舎に、友人の狩野亨吉(かのう・こうきち)が訪ねてきた。お互いの無事を確認し合うと、漱石と狩野亨吉は連れ立って市街を歩き、地震の被害の状況を見て回った。現状を把握するとともに、自分らで何かできることがあれば……、との思いもあったのだろう。

かつて漱石の通っていた神田猿楽町の錦華小学校(現・お茶の水小学校)に大事はなかったが、神田錦町の錦城学校では生徒に2名の死傷者が出ていた。漱石と亨吉が前を通りかかると、そのことで大騒ぎとなっているところだった。

後年、漱石の謡の師匠である能楽師の宝生新が、自分は臆病だから地震に遭って屋根へ飛び出したことがあると語ったのも、同じこの日の体験だったに違いない。宝生新は、このとき、間の悪いことに吉原の遊廓に登楼していたという。以下、本人の語る回想談。

《私は元来地震が嫌いな所へ持って来て、こんな所で死んじゃ恥だと思ったから、二階から三階へ上って、逃場所(にげばしょ)がないから、窓を破って隣の屋根へ飛び出したのですよ。さて地震が止(や)んでから帰ろうと思っても、屋根と窓との間には三尺ばかりの距(へだ)たりがあって、怖くてどうしても帰れなくなったのです》(森田草平による聞き書き『謡曲の稽古』)

3尺といえば、およそ1メートル。足元も不安定な屋根の上で3階の高さだと、1メートルの隙間に恐怖を感じるのも無理はない。無我夢中の「火事場の馬鹿力」で飛び移ったものの、戻るに戻れないという滑稽な見せ物を、はからずも演じてしまったわけだ。

いずれにしろ、この地震は、漱石の記憶の底に鮮明に残った。10年余りが過ぎ去ったのち、漱石は『吾輩は猫である』の中で、美学者の迷亭に、哲学者・八木独仙を揶揄(やゆ)する調子のこんな台詞を言わせている。

《あの時寄宿の二階から飛びおりて怪我をしたものは独仙君だけなんだからな》

これは、まぎれもなく、東大の寄宿舎にいたあわて者の学生がモデルだろう。

漱石の最古参の門弟のひとりである寺田寅彦は、地球物理学者として地震の研究にも携わっていた。欧州留学に出発する間際の明治42年(1909)3月、寅彦は「近いうちに地震があるかもしれません」と漱石に言い置いていた。その夏、関西に大きな地震があり、漱石は「寅彦の予言が的中した」と友人あての手紙に綴った。

しかし、これは、予知や予言というより統計学的観点からの注意喚起で、「地震大国」ともいうべきわが国で、日頃からの心掛けのようなものを促す意味の方が大きかっただろう。寅彦は随筆『天災と国防』の中で、こんなふうに述べている。

《戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけにはいかない。その上に、いついかなる程度の地震暴風津波洪水がくるか今のところ容易に予知することができない。最後通牒も何もなしに突然来襲するのである》

《文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻(おり)を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす》

漱石も寅彦の注意を胸の底に、いつ襲ってくるかわからぬ自然の猛威を意識していたことだろう。漱石は地球全体の進化の歴史を頭に置いて、随筆『思い出す事など』の中にこう綴っている。

《われら人類がこの大歴史中の単なる一頁を埋むべき材料に過ぎぬことを自覚するとき、百尺竿頭に上りつめたと自任する人間の自惚れはまた急に脱落しなければならない》

しかしながら、わが身で体感した地震の揺れとしては、大学院生時代のこの地震以上に大きなものに出くわすことはなかった。漱石の生涯は50年に満たず、関東大震災の7年前に、すでに病没していたのである。

■今日の漱石「心の言葉」
自然は公平で冷酷な敵である(『思い出す事など』より)

Web版「夏目漱石デジタル文学館」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

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TEL/ 045-622-6666
休館/月曜

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

最終更新:6/20(月) 7:10

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