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ついに事件化 青学大「箱根駅伝エース」の女性問題と暴行疑惑

FRIDAY 6/21(火) 18:22配信

 今年1月、箱根駅伝で連覇を果たした青山学院大の陸上競技部。その優勝メンバーでエースランナーだったA(22)から暴力を受けて怪我を負わされたとして、知人女性が代々木署に被害届を提出した。同署は傷害事件の立件を視野に調査を開始している。
 フライデーでは、4月にこの被害女性の告発記事を掲載した。
 以下にその記事を引用する。



「みなさん、『ハッピー』になりましたでしょうか?」

 1月30日、箱根駅伝を連覇した青山学院大が相模原市内で優勝パレードを行った。“ハッピー大作戦“と命名した独自のメソッドでチームをVに導いた原晋(はらすすむ)監督(49)が挨拶すると大歓声に包まれた。

 だが、このハッピーな光景の裏で泣いている女性がいた。

 透き通るような白い肌と凛(りん)とした瞳が魅力的な池上知子さん(仮名)が語る。

「私は箱根駅伝のエースA(22)に頭突きをされ、アバラの骨を折られました……」

 Aと池上さんが知り合ったのは昨年10月下旬。駅伝ファンの女子、いわゆる“駅女(えきじょ)“の友だちに「今年の青学は史上最強チーム。なかでも“四天王“の実力は飛び抜けていて、しかもカッコいい」と誘われて、出雲駅伝(出雲全日本大学選抜駅伝競走)を観戦したのがキッカケだ。

 Aの激走と、「陸上界トップクラス」と言われる爽やかスマイルに惹(ひ)かれた池上さんは、駅女の友だちに教えられ、初めて連絡先を添えたファンレターを送ってみた。すると、しばらくして彼女のツイッターアカウントにAからメッセージが届いたという。

「その後、『11月の10000m記録挑戦競技会を観に来てよ』と誘われて、競技場で初めて会いました。Aは青学の町田寮で生活をしていたし、箱根駅伝が目前に迫っていたので、しばらくはLINEで連絡を取り合っていました」

 日に50件以上もやりとりしていたという二人。箱根駅伝が終わった後の1月15日に初デートが実現したという。

「夕方、新宿で待ち合わせてゴハンを食べました。あらためて素敵な人だなって思いました。そして――『ずっと一緒にいよう』って彼が言ってくれたのが嬉しくて、奮発して時計をプレゼントしました。7万~8万円はしたと思います」

 1月25日、Aが池上さんのマンションにお泊まり。だが翌朝、彼女の部屋を出たAは突如、LINEで〈好きだからエッチするってのはそれこそ動物なんやないのー〉と池上さんを“口撃“し始めた。下は当日の二人のLINEのやりとりの一部である。駅女の間でアイドル的人気を誇っていたAにとって池上さんは遊び相手にすぎず、一夜限りの関係で終わらせたかったのだろうか。

 だが、「遊びならプレゼント代を返して」と言う彼女に〈別に俺も金欲しくてやってねーし 金目当てならこのままズルズルと曖昧な関係でおったほーが金目当てとしては得なんだけどね(笑)〉と暴言を吐くなど、Aの対応はあまりに乱暴。笑顔で箱根を疾走していた爽やかな姿とはかけ離れていた。

 その後、Aは池上さんの部屋に再び戻ってきて「さっきのLINEはウソ」と謝罪。「正式につき合ってほしい」と申し出た。だが、彼女が突っぱねるとAは激高して池上さんの顔面に頭突き、倒れた彼女は腰を強打し、アバラを折るほどの重傷を負ったという。

「2月に入ると、今度は着信拒否されました。もともと感情の起伏が激しい人ではありましたが、あまりにムチャクチャなので、友人の携帯を借りて『いきなり音信不通になるとはどういうことですか。人をケガさせて謝罪もせず、おカネも返さない。これは立派な犯罪行為です』という厳しい内容のショートメールを送ったんです。すると、『私や、青山学院というブランドを守ってくださる方はいらっしゃいます。これ以上なにかありましたらこちらから法的措置も考えます』と脅しめいた返事がきました」

 3月上旬、池上さんは警視庁代々木警察署に相談した。Aは彼女に頭突きをして、アバラを折ったことを認め、謝罪メールを送って来たものの、「なかなか会って謝ろうとせず、会えたと思ったら『悪いとは思ってたんだけどー』とニヤニヤしていたり、まるで誠意が感じられませんでした」と池上さんは憤る。

 本誌はA本人に電話とメールで取材を申し入れたが、締め切りまでに返答はなかった。青山学院本部広報部は「一部情報は入っておりますが、詳細を把握できておらず、現時点ではコメントを控えさせていただきます」と回答。

 今春卒業したAが現在所属するB社広報部だけが「入社前に本人から報告を受けました。解決に向けて話し合いをしていると聞いています」と認めた。

 常勝軍団を築き上げる一方で、原監督は「箱根駅伝はあくまで大学の課外活動の一環」として社会で通用する人材の育成に力を入れていた。寮に住み込み、選手のプライベートにも目配りをしていたのはそのためだ。本誌は原監督を直撃したが「学校を通して」の一点ばりだった。

 箱根駅伝連覇の裏で肝心の人間教育が疎かになっていたとしたら、本末転倒だ。

 フライデーデジタルでは、二人のLINEでのやりとりも画像で紹介している。
(文中の年齢は当時のものです)

最終更新:6/21(火) 18:22

FRIDAY

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。