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【EURO 今日は何の日】6月21日「スペイン初戴冠(64年) 、オランダの雪辱(88年)」

SOCCER DIGEST Web 6/21(火) 18:47配信

名手ヤシンの牙城を崩した開催国 & 74年W杯決勝を逆再現?

 第2回のEURO(当時の名称はまだ「ヨーロピアンネーションズ・カップ」)の予選に参加したのは29か国。第1回から12も増加し、イングランドをはじめとする英国勢も出場を果たした。西ドイツが登場するのは、4年後のことである。
 
 4か国によって行なわれる本大会はスペインで開催。前回、予選で共産主義の総本山、ソ連へ選手を送り込むことを拒絶して棄権したスペインだが、今回はホストカントリーとして、いかなる国でも歓迎する意思を示した。
 
 開催国の第1戦、すなわち準決勝の相手はハンガリー。かつての「マジックマジャール」はハンガリー動乱に伴う多くの主力選手の亡命によってその姿を大きく変えており、フロリアン・アルベルト(62年チリ・ワールドップ得点王、67年バロンドール)だけが輝きを放っていた。
 
 その亡命者たちの多くの受け入れ先でもあったスペインは、この因縁の対決に凄まじい気迫を持って臨み、ヘスス・マリア・ペレーダ、アマンシオ・アマロのゴールにより、延長の末に2-1で勝利を飾った。
 
 そして6月21日、開催国はソ連との決勝戦を迎えた。準決勝でデンマークを3-0と一蹴していた前回王者のゴールマウスには、“黒クモ”ヤフ・ヤシンが君臨しており、強力なバックラインを形成し、攻撃における組織プレーも一流を誇っていた。
 
 これに対し、ホセ・ビジャロンガ監督率いるスペインは、スピードと運動量で対抗し、開始6分、サンチャゴ・ベルナベウに詰めかけた満員の観衆の前で、ペレーダが先制ゴールを決める。
 
 しかしその2分後、ガリムジャン・クサイノフの同点ゴールを許し、今度はスタジアムが沈黙に包まれた。
 
 やや焦ったスペインだが、ここからスペインは個人技と組織プレーをうまく使い分けて主導権を握る。インテルで大活躍していたルイス・スアレスが中盤で長短の好パスを配球してチャンスを作り、鮮やかなダイレクトパスはソ連を徐々に疲弊させていった。
 
 そして終盤の84分、ペレーダのセンタリングをマルセリーノ・マルティネスがヘッドで合わせ、名手ヤシンを破った。
 
 熱戦の末に、スペイン初戴冠! ついに新たな歴史が生まれたが、この後、この国に新たなタイトルがもたらされるまでには、予想以上に長い年月がかかることとなった。
 
 この歴史的な一日からちょうど24年後、西ドイツ(当時)のハンブルクでは、EURO88の準決勝が行なわれた。開催国・西ドイツとオランダの対峙だ。
 
 誰もが、74年W杯決勝を思い出したこのカード。同じく西ドイツで開催された大会の最終戦で、開催国はPKでオランダに先制を許しながらも、PKで同点とし、前半のうちにゲルト・ミュラーの印象的なゴールで逆転、残り時間ではオランダのトータルフットボールを封じ切った。
 
 それから14年後、ハンブルクでの準決勝で、同じ展開が再現された。2つのPK、印象的な決勝ゴール……。違っていたのは、全てのゴールが後半に生まれたこと、そして勝者がオランダだったことだ。
 
 55分、西ドイツはローター・マテウスが強烈なキックでPKを突き刺し、オランダは74分にロナルド・クーマンが同点PKを確実に決めた。そして終了2分前、ヤン・ヴォウタースのスルーパスを、マルコ・ファン・バステンがスライディングしながら右足で合わせ、劇的な決勝ゴールを挙げた。
 
 自国優勝を逃してうなだれる西ドイツ。対するオランダは、これ以上ない最高のかたちで14年前の雪辱を晴らし、その後、決勝戦でもソ連にグループステージのリベンジを果たし、初の欧州制覇を成し遂げたのだった。
 
◎6月21日に行なわれた過去のEUROの試合
◇1964年スペイン大会
決勝
スペイン 2-1 ソ連
 
◇1988年西ドイツ大会
準決勝
オランダ 2-1 西ドイツ
 
◇1992年スウェーデン大会
準決勝
ドイツ 3-2 スウェーデン
 
◇2000年ベルギー・オランダ大会
グループステージ
スペイン 4-3 ユーゴスラビア
スロベニア 0-0 ノルウェー
チェコ 2-0 デンマーク
オランダ 3-2 フランス
 
◇2004年ポルトガル大会
グループステージ
フランス 3-1 スイス
イングランド 4-2 クロアチア
 
◇2008年オーストリア・スイス大会
準々決勝
ロシア 3(延長)1 オランダ
 
◇2012年ポーランド・ウクライナ大会
準々決勝
ポルトガル 1-0 チェコ
 
※日付は全て現地時間

最終更新:6/21(火) 18:59

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