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蘇った負の歴史、米国名門大学に奴隷売買の過去

JBpress 6/21(火) 6:15配信

 南部ルイジアナ州のバトンルージュに住むマキシン・クランプ(69)は、地元のテレビでは初の黒人司会者として活躍した女性だ。2016年2月、マキシンにかかってきた1本の電話は、驚くべき知らせをもたらした。

ワシントンの名門大学、ジョージタウン大学(写真)

 「あなたの高祖父(祖父母の祖父)が判明しました。彼の名はコーネリアス。あなたの町のすぐ近くの農場で奴隷として働いていました」

 コーネリアスという名には馴染みがあった。マキシンの一族にはコーネリアスと名づけられた者が何人かおり、先祖から受け継いだ名であることは分かっていた。だが家系の情報は途切れており、どれほど調べても先祖のコーネリアスに行きつくことができずにいた。

 「なんということかしら!  ああ神さま・・・」

 思いがけない知らせに感激したマキシンは、話の続きを聞いて強い衝撃を受けた。高祖父コーネリアスがルイジアナに来たのは、ある大学が行った奴隷売買によるものだったというのだ。

■ 大学の奴隷所有が当たり前だった時代

 1838年の秋、首都ワシントンの河港にはルイジアナ行きの船に積み込まれる黒人奴隷の姿があった。272人の男女のなかには生後2カ月の子を抱いた母親や妊婦、親と引き離されて泣き叫ぶ子供もいたとNYタイムズ紙は描写する。

 「なぜこのようなむごい仕打ちを」「神さまにお祈りするためのロザリオをください」と声をあげる奴隷もいたが、無視され、船倉へと追い込まれていった。その中に十代半ばのコーネリアスの姿もあった。

 奴隷たちをルイジアナの農場に売り渡したのは、カトリックの修道会であるイエズス会が運営するジョージタウン大学だった(写真)。1789年にワシントンで創立された名門校だったが、当時は経営難から存続の危機に陥っていた。経営難に苦しむ学長(イエズス会の神父)は、起死回生の策として奴隷の売却を決めたのだった。

 (ワシントンに隣接するメリーランド州にはイエズス会が所有する農場があり、そこで働く労働者の中には、裕福なカトリック信者から寄進された奴隷が含まれていた。)

  (* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで写真をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47113)

 奴隷の労働によって経営が成り立っていた大学は、ジョージタウンのみならずハーバードやコロンビア、ブラウンなど数多い。当時は、宗教団体であるイエズス会ですら、奴隷の所有は「不道徳な行いではない」と認識していた。

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最終更新:6/21(火) 7:10

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