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中高一貫私立でレベル無視して「検定外」教科書がもてはやされる背景――江藤貴紀「ニュースな事情」

HARBOR BUSINESS Online 6/22(水) 9:10配信

 少し前のはなしになるが、今年の春から使われる英語検定済み教科書「NEW HORIZON」のイラストがとても可愛らしい(いわゆる「萌え系」に見える)とネットで話題となった。(参照:ガジェット通信)

 だが一方で、普通の公立中学ではおめにかかることのない、「検定外教科書」というものが現在の私立中学で幅広く使われていることはご存知だろうか。(参照:Wikipedia)

 教科書検定については、主に社会科を中心として左右イデオロギー対立の争点となったり、またいわゆる「学力低下論争」でも、その内容について、様々な評価がある。が、それは一旦おいておこう。

 ともかく、一部というかかなり多くの私立中高一貫校で文部科学省の検定済み教科書は、「用済み」とみなされて、授業は完全に検定外教科書で行われている。「検定外教科書」の、代表例が体系数学である。

◆学習指導要領ではなく体系的に学ぶための教科書

 体系数学については、出版元の数研出版がHPで、以下のとおりに紹介している。

「普通の教科書では、学年別に習う内容が決まっているため、学習する生徒たちにとっては必ずしも自然な流れになっているとは限りません。たとえば、「等しい」関係を表す「方程式」は中学校の1年生で学習しますが、「大きい」「小さい」といった関係を表す「不等式」をきちんと学習するのは、高校の1年生。「等しい」「大きい」「小さい」これらはごく自然とつながって理解される事柄です。そこで数研出版は、「方程式」に続いて「不等式」を学習できる教科書があってもよいのではないか、と考えました。

 理解の流れを重視して編纂した「体系数学」シリーズは、授業の中心として使用する教材として、さまざまな学校から支持を得ています。」(参照:教研出版)

 文部科学省の教科書検定や学習指導要領に基づいた検定済み教科書と、体系数学のいずれが優れたテキストか(あるいは、どういうふうな長所と短所をそれぞれ持つのか)については、留保しよう。

 だが、筆者が気になるのは検定外教科書がしばしば、生徒の優秀さを考慮に入れたとしても難しすぎることがあるのではないかという点だ。代表例が英語科である。

◆高度な内容と速い進度

 例えば、A校という中高一貫校ではNEW TREASURE(発行元は、Z会の出版部門である)という検定外教科書が使われている。ここは学年のうち概ね1割ほどが東大・京大・一橋・東京工大・国立医学部に進学している都内の男子校だ。国内でトップクラスとは言わないまでも、普通の感覚で見ればかなりの進学校である。

 ただ、HPでカリキュラムを確認すると、とても早いことがわかる。教科によって差異はあるものの、中学2年までで中学課程を終わらせるのが原則である。

 だが、この中学課程というのが、(文法などもあるので単純比較が難しいが)単語数などを基準にすると高校まで6年間に匹敵する内容なのだ。

 普通の公立中学校のカリキュラムでいくと英語については、文部科学省による「中学校学習指導要領解説 外国語編」では中学課程で単語数にして1200語程度の習得が目標とされている。

 これに、高等学校でさらに1800語程度を習得して6年間で3000語の習得が目標となっている。

 ところが、このNEW TREASUREをはじめとした検定外の英語教科書は(出版社や、年度によってクセの違いはいろいろとあるものの)、おしなべて高校3年までに匹敵する語彙量を消化する内容となっている。

 例えば、「バードランド」という英語検定外教科書の発行元、文英堂HPがわかりやすいので見てみよう。この内容は3分冊で総単語数はちょうど3000語とあり、さらに中高一貫校は「最短で2年間」でこれを終わらせることが可能とある。(参照:文英堂サイト)

 バードランドではなくNEW TREASUREを使用しているA校も、先述の通り中学2年まででNEW TREASUREを進めていき、習得する目標単語数はおよそ3000語程度となる。

 だがここで少し考えてみたい。ある程度の進学校とはいえ、普通なら高校3年までにこなす内容を、中学2年生でこなすことが現実的で効果的な目標設定だろうか。

 筆者がこのA校の定期テスト平均点や問題用紙、その他の資料を目にしたところでは生徒のうちこのカリキュラムを消化できているのは2割いるかどうか怪しい――残りは置いていかれている――というのが実際のところである。実は、この学校はまだマシな例ではないかと推察される。

 実はもっと無理な運用をしていると思われる例があるのだ。

 エリート校ならばまだしも、勉強において強みがないと思われる私立中高一貫校でも、まるで検定外教科書の利用こそが私立の本分であるかのように検定外教科書を利用しているところもあるのである。

◆「教科書不信」ビジネスの先に待っている犠牲者

 例えばB校として名指しは避けておくが、ここの中学入試での難易度は(中学受験は教育熱心な層のみが受験するので、全体のレベルが高いのを差し引いても)、非常に低い。しかし使用している教科書は検定外の体系数学と、英語のNEW TREASUREだ。

 筆者から言わせればこの教材選定は、F1カーの整備と運転を普通のガソリンスタンドとペーパードライバーに行わせるような無理な行為である。大体において、文部科学省の指導要領は存在意義に鑑みてみると、児童の教育においてあんまりな無理をして、成長を失敗させないようにという配慮が間違いなくあるものなのだ。

 それではどうしてこのように危険運転行為に相当するような、アウトローの検定外教科書使用が私立の学校で人気となっているのだろうか。

 この問題点のヒントについて、明確にしている書籍がある。2009年に発行された瀬川松子氏の「亡国の中学受験~公立不信ビジネスの実態」(光文社新書)である。

 同氏は長らく受験指導を生業としてきたが、その分析によれば中学受験及び私立中高一貫のビジネスモデルは、公立不信をあおることで成り立ってきたとされる。すなわち少子化が進んでいる中で「公立不安がなくなってしまうと、中学受験を勧める理由がなくなってしまうから」である。その上で、彼女はそれが教育像について語る姿として健全ではないという。

 すなわち私立中学校及び塾などはスポンサーとなって公立学校を一方的に攻撃しているのに対して、利害当事者である私立中学校の問題点については当事者らが明らかにしない。一方で公立学校では教育委員会に対する厳格な報告義務があることから不祥事が表沙汰となりやすい――そのため、私立と公立を語る際には、優秀な名門私学と、荒れる公立というふうなアンフェアに一部のサンプルを抽出した比較がなされてきた――という。

 この構造は「検定外教科書」と「検定済教科書」の違いにピタリと当てはまらないだろうか?

◆私立中高一貫校の優位アピールに使われる「検定外教科書」

 検定外教科書を褒め称えて、高度な内容や高校課程を中学時代に終わらせるという先取りのメリットばかりがうたわれるというのは優秀な一部のサンプルを代表として語らられる私立中学VSダメな公立学校という議論の構造と、相似形ではないだろうか。

 私見ではあるが、一部エリート校ならばともかく、そうでもない私立でいたずらに難しい教科書を使用するのは、私学がブランディングとして行っているように思えてならない。「うちは、普通の教科書などは使いませんよ。学習指導要領にとらわれない高度な教育を施しますよ」という訳だ。

 もちろん、学校や生徒のレベル、運用方法によっては検定外教科書が有効に機能する場面もあるだろう。しかしA校の例を見ても、B校の例をみても、多数の生徒が学校のブランドイメージのために犠牲になっている学校も少なからずあるのだ。

 繰り返すが、標準的には高校までの6年間で消化するとされている英単語数を中学2年までに消化するというのは、相当な荒技だ。さらに他の科目も大幅に先取りとなると負担は幾何級数的に大きくなる。少なくとも中学時代の筆者なら、根をあげていただろう。

 一部の私立学校を見ていると、旧日本軍の失敗としてよく語られる、末端兵の体力をまるで無視した精神主義的な作戦のような教科指導が行なわれているように見える。そのいくつく先は、屍の山ではないだろうか。

<文/江藤貴紀(エコーニュースR)>

【江藤貴紀】

情報公開制度を用いたコンサルティング会社「アメリカン・インフォメーション・コンサルティング・ジャパン」代表。東京大学法学部および東大法科大学院卒業後、「100年後に残す価値のある情報の記録と発信源」を掲げてニュースサイト「エコーニュース」を立ち上げる。

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最終更新:6/22(水) 9:10

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