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僕がどうしてもマウンドに上がりたい理由お笑い芸人・杉浦双亮の挑戦記〈17〉

BEST TIMES 6/24(金) 6:00配信

前期優勝を果たすチームの一方で、杉浦には葛藤があった。二刀流は「にぎやかし」ではない――。強い決意を込めたメッセージ。

◆ブルペンから見るマウンド

 ブルペン。
 キャッチャーミットをめがけて、強くボールを投げ込む。試合を横目に見ながらいつも「今日は登板があるかな、あってほしいな」と願っていた。 

 前回も書いた通り、僕ら愛媛マンダリンパイレーツは前期優勝を果たし、素晴らしい時間を過ごすことができた。勝負の世界で勝つことは大事なことで、それを手にした喜びは何者にも代えがたいものだった。
 ただ、こと僕個人のことだけを振り返れば、悔しい思いをいっぱいし、いろんなことを考えさせられた時間だったといえる。
 前期の僕の最終成績は、5試合に登板、2回2/3を投げて被安打6で4四球、自責点2。防御率は6.75。

 チームにまったく貢献できていない。

 せっかく獲得してくれたチームに対して何にも恩返しができていないことに対して申し訳ない思いがある。
 シーズン中、特に前期の後半戦においてはそうした思いに加えて、マウンドに上がれない悔しさが募る日々を過ごした。ブルペンで肩を作り、いつでもいける準備をしていても声が掛からない。もちろん、自分の実力は理解しているつもりだし、チームは勝利のために戦っているのだから、投げられないのは仕方がないこと。

 それでも、チームが大量得点差をつけて勝っているときに声がかからなかったり、マウンドに上げてもらってもすぐに交代をさせられてしまったりする現実を目の当たりにするたびに「なにをしに愛媛に来たんだろう」と悩んでしまう。そんな日々だった。

◆中21日での登板……

 5月8日。ワンアウトも取ることができず交代した僕に、次の登板の機会がめぐってくるのは21日後、5月29日のことだった。
 この間は、本当にきつかった。チームに貢献できる選手ではないという現実を突き付けられ、そしてたくさんの人に自分のわがままをとおしてこの愛媛にいることに後悔すら覚えた。

「相方に迷惑をかけてここにきたのに……」
「事務所に無理を言って挑戦させてもらったのに…」

 野球をやらせてほしい、とお願いして四国に来たのに、僕は野球をしていない。迷惑を掛けた人たちに顔向けができない、そんな感情が込み上げてきて、この挑戦が正解だったのかどうか分からなくなった。

 実際、車で一緒になったチームメイトに「何点差あったら投げさせてもらえるかなあ」と愚痴ってしまったこともあった。「投げる、投げない」は采配であり、首脳陣の判断であることは重々承知のうえだったけれど、とにかく投げたかった。
 チームは僕のことをいろいろと考えてくれていた。たとえばピンチを迎えたらすぐ交代になることも、勝負に徹していることはもちろん、逆転されてしまえば僕にもっと大きなショックを与えてしまうだろうと考えてくれていた。
 けれど、ピッチャーとして「マウンドに立ちたい」という思いは、ほかになにも勝るものはないくらい、強いものだった。それをはっきりと意識した日々だった。

 こんなことを書くと、人によっては「実力がないのだから仕方ないだろう」という人もいるんじゃないかと思う。それはそのとおりだ。でも、それを自覚していればいるほど、マウンドに上がりたかった。

「少しでもマウンド経験を積みたい」
「ピッチャーとして成長したい」

 チームに貢献できるピッチャーでいたい。マウンドに立ち続けられる存在でありたい。それは抑えようのない感情だった。

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最終更新:6/24(金) 6:00

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