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高倉健さんの遺産を一手に握る 養女の素顔と養子縁組の謎

FRIDAY 6/24(金) 7:40配信

 小田剛一――。こう綴る高倉健(享年83)の本名はいまや熱烈なファンならずとも、日本中の多くが知っている。ただし、その本当の読み方を知る関係者は意外に少ない。

 普通に読めばオダゴウイチだろう。古くから付き合いのある映画人や学生時代からの旧友なども、親しみを込め剛の一字をとって「ゴウちゃん」などと呼んだ。面倒だからか、当の本人も否定しなかった。が、血のつながりのある近親者は名前をそうは呼ばない。タケイチ――。

 2014年11月10日の死後、莫大な遺産の相続人としてとつぜん現れた養女は、小田姓を名乗るようになった。戸籍上の娘となった女性が小田貴(52)である。入籍の申請書類には、父娘それぞれの氏名や住所が記されている。

 だが、本名の剛一のふりがな欄に書かれていたのはタケイチではなく、ゴウイチだった。正式な入籍書類で、誰がそんな『間違い』を起こしたのか。親族たちは合点がいかず、今も首を捻っている。

 小田貴は、事実上の妻として高倉健と同居してきたという。生前、その存在が頑なに伏せられていたのは、これまで報じられてきた通りだ。彼女はその死を親戚にも知らせず、火葬場で密葬を取り仕切って不信を買う。高倉健の実妹をはじめ6人いる甥姪たち近親者でさえ、誰も彼女の氏素性を知らず、いまだ会ってもいないのである。それでいて15年2月には追悼ムック『高倉健』(文藝春秋刊)の巻頭に実名で手記を寄せている。

 生涯収入100億円、8億円相当の不動産や30億円の金融資産など40億円以上といわれる遺産をすべて相続した彼女は以来、高倉健の著作権を管理する高倉プロモーションの社長におさまり、さまざまなイベントを仕掛けてきた。映画のロケ地となった所縁の地を訪ねたり、遺品の刀剣を長野県坂城町に寄贈してきたほか、今年11月からは東京ステーションギャラリーを皮切りに、全国の美術館を巡る高倉健の追悼特別展を企画している。

 その一方で彼女は表舞台に立たず、高倉健の没後すでに2年目を迎えてなお存在自体が謎めいている。今もって二人の出会いから暮らしぶり、遺言内容にいたるまで明らかになっていないのである。

 彼女には、貴倉良子という芸名で女優やテレビレポーター活動をしていた時期もあるが、その後、ホテルジャーナリストに転身した。高倉健と知り合ったのが、ホテルジャーナリスト時代の90年代後半だ。彼女を引き合わせた人物については、たとえば北海道や都内の有名すし店の店主などの名前が囁かれたが、これも実態は判然としない。自動車のエンジニアや理髪店主など、高倉健と四六時中行動をともにしていた通称チーム高倉のメンバーも、二人の出会いを知らない。

 今年11月に三回忌を迎える、俳優・高倉健。死後明らかになった「養女・貴」について、これまで沈黙を守ってきた親族や関係者がついに口を開いたーー。

「伯父の性格からして、世話になった人にお金を残そうとしたのはわかります。でも、なぜ籍まで入れたとやろか。それにタケイチをゴウイチと間違えているのもおかしい。それを先方(貴側)に聞くと、住所などを書いている欄は、彼女が書いたというのです。書類には伯父が直筆で小田剛一と署名したように見えるサインもあるけど、なぜわざわざ彼女がそこだけ書いたのか、それも不思議です」(高倉健の姪)

 養女は親族を排除し、高倉健が愛した高級外車やクルーザーを処分、世田谷区の元高倉邸の解体も始めている。

 FRIDAY最新号では、その顛末をノンフィクション作家の森功氏が寄稿し、養女・貴の素顔や解体中の元高倉邸の写真も掲載している。没後2年が経ったいまも、親族や親しい関係者たちは墓参りもできておらず、疑念の声は日に日に高まっているのだ。

最終更新:6/24(金) 14:01

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