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フォルラン、J2でのプレーに葛藤は? ピッチ外で経験した降格。W杯MVPが吐露した悲しさ【フットボールと言葉】

フットボールチャンネル 6/24(金) 10:00配信

 異なる言語間では、翻訳困難な語は無数にある。それはフットボール界においてもしかり。外国のフットボーラーが語った内容を、我々はしっかりと理解できているのだろうか。選手、監督の発した言葉を紐解き、その本質を探っていきたい。今回取り上げるのはディエゴ・フォルラン。南アフリカW杯MVPとなったウルグアイ人FWは、J2でプレーすることに葛藤はなかったのだろうか。(取材・文:竹澤哲)

想像していなかったJ2降格

 2015年3月に大阪で行われたウルグアイ代表引退会見の直後に、フォルランのインタビュー記事をナンバー誌で取りあげてくれることになった。しかし与えられた時間は写真撮影を含めて30分というものだった。限られた時間で、フォルランの本音を聞きたかった。そこでインタビュー前に、彼に手紙を書き、それをフォルランと親しいスペイン人記者からメールしてもらうことにした。

 3月24日早朝、いよいよインタビューの日がやってきた。フォルランは練習着姿で、にこやかな表情で目の前に現れた。私が送った手紙は読んでくれたようだ。

 契約があと半年間残されているとはいえ、常に世界の一線級でプレーして来た華やかな経歴を持つ彼がJ2でプレーすることに抵抗はなかったのだろうか?それをまず尋ねてみた。しかしフォルランは特に表情を変えることもなく「全くなかった」とぽつりと答えた。しかし入団会見において、流ちょうな日本語で挨拶をして、日本中を驚かしたとき、このような境遇を受け入れるとは想像もしていなかったはずだ。

「もちろん思ってはいなかったよ。当然、優勝したいと思っていた。あるいはできるだけ上位に入るのを目指していたけど、結果は2部降格だった。でも人生においては様々なことが起こる。思い描いていたものとは異なるけど、ベストを尽くし、前進していくのだ」

 フォルランは淡々と答えた。

ウルグアイメディアで饒舌に話していたフォルラン

 休暇をウルグアイで家族に囲まれて過ごしたとはいえ、気持ちを切り替えるのはとても大変だったにちがいない。しかし「休暇中はフットボールのことを考えなかった」とか、「家族で過ごすことを第一に考えた」と彼の口からは同情を誘うような言葉は出てこなかった。まるでもっと自分に求める質問は他にあるだろうといわんばかりの態度だ。

 これまで3回のインタビューで気がついたのは、フォルランは、自分はフットボール選手なのだから、フットボールのことについてはしっかり答える。しかしプライベートなことはあまり話す必要はないと考えているようだった。

 しかも彼はよけいなことをしゃべらない。来日以来、公式な記者会見を除くとほとんどインタビューがされていないのも、取材を受けるのはもともと嫌いなのだと思っていた。

 それだけにシーズン終了直後に、ウルグアイのテレビ番組「エル・オブセルバドール」に、スカイプを通じて出演し、饒舌に話し続ける彼の姿を見るのは衝撃的だった。

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最終更新:6/24(金) 11:12

フットボールチャンネル

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