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【EURO 今日は何の日】6月25日「『疲れていたから打った』歴史的ゴール(88年)」

SOCCER DIGEST Web 6/25(土) 14:29配信

「普通、あの位置でシュートなど考えない」(ファン・バステン)

 1988年に西ドイツ(当時)で開催されたEUROで、オランダは8年ぶりのメジャー大会出場を果たした。
 
 74年、同じく西ドイツでのワールドカップで、ヨハン・クライフを中心に「トータルフットボール」で世界に旋風を巻き起こし、ここから2大会連続で準優勝。EUROでも76、80年大会で4強に入り、本大会出場を果たした。
 
 その後、世代交代に失敗して82年スペインW杯予選から3大会連続でメジャー大会に出られず、その存在感は薄くなっていったが、87年夏、カップウィナーズ・カップ決勝で、クライフ率いるアヤックスが優勝を飾り、久々にオランダが表舞台に姿を現わした。
 
 この試合で、唯一のゴールをヘディングで挙げたのが、キャプテンを務めるマルコ・ファン・バステン。86年には欧州全体での得点王にもなった優秀なストライカーだが、彼が世界に知られたのは、アヤックスの戴冠、そして直後にイタリアの名門ミランに移籍してからだった。
 
 ただ、当時は一緒に移籍したルート・フリットが全ての話題をさらっており、しかもフリットが移籍1年目からフル稼働してミランのスクデット獲得に大貢献したのに対し、ファン・バステンは怪我で多くの試合をピッチ外から眺めることとなった。
 
 開幕前にはPSVが欧州初制覇を果たすなど、オランダの勢いを感じさせるなかで行なわれたEURO88。その大会でファン・バステンは当初、ヨーン・ボスマンに次ぐ2番手の存在であり、背番号もレギュラーではないことを示す12だった。
 
 しかし、グループステージ2戦目のイングランド戦で突如、本領を発揮してハットトリックを達成。そして準決勝では、西ドイツのユルゲン・コーラーのマークに苦しみながらも、終了間際にスライディングしての綺麗なシュートで決勝点を挙げた。
 
 こうして決勝進出の立役者となった彼は、もはや不動のストライカーとしてオランダに欠くべからざる存在となっていた。
 
 決勝の相手はソ連。グループステージ初戦では、攻め込みながらも隙を突かれて1点を奪われ、そのまま逃げ切られた相手だ。ファン・バステンはこの試合に60分から出場していたが、格好のリベンジの機会が訪れた。
 
 名将ヴァレリー・ロバノフスキー率いるソ連に対し、オランダは74年W杯でもチームを率いたリヌス・ミケルスの下で組織力と即興性を高め、この試合でも主導権を握る。
 
 そして32分、フリットがヘッドで名GKリナト・ダサエフの牙城を崩す。アシストはファン・バステンだった。「先制点はどうしても欲しかった。価値あるアシストだね」と、後に彼は振り返っている。
 
 ただ、1点のリードだけではファン・バステンを安心させられなかった。「強い相手だから、早い時間帯で追加点が欲しかった」という彼は、後半開始から8分、自らその貴重なゴールを決める。そしてそれは、EURO史上、いやサッカー史上に残るスーパーゴールとなった。
 
 37歳のアーノルド・ミューレンが上げた長いクロスを、角度のない位置からダイレクトボレーで叩き、ダサエフの頭上を破ったファン・バステンは「普通、あんな位置からボレーでゴールを狙うなんて、絶対に考えない」という。では、なぜそれを実行したのか?
 
「疲れていたからさ。あそこでトラップして相手DFをかわすのは無理だと思った。それで、『ここでシュートを打ったらどうなるだろう?』と考えたんだ」
 
「私にとって特別であり、誇らしい瞬間」(ファン・バステン)を経て2点のリードを奪ったオランダは、60分、GKハンス・ファン・ブロイケレンが相手選手を背後から倒してソ連にPKを与えるが、イゴール・ベラノフ(86年のバロンドール)のPKを止め、自らミスを帳消しにした。
 
 試合終了。オランダは初めての(そして現時点で唯一の)タイトル獲得の喜びに沸いた。
 
 この大会で得点王に輝いた殊勲のファン・バステンは後に、優勝の要因を「各ポジションに良い選手が揃い、平均年齢が20代半ば、そして2、3人のベテランがいるという、理想的なバランスで、精神的にも強かった。そして運にも恵まれていた」と分析している。
 
◎6月25日に行なわれた過去のEUROの試合
◇1988年西ドイツ大会
決勝
オランダ 2-0 ソ連
 
◇2000年ベルギー・オランダ大会
準々決勝
オランダ 6-1 ユーゴスラビア
フランス 2-1 スペイン
 
◇2004年ポルトガル大会
準々決勝
ギリシャ 1-0 フランス
 
◇2008年大会
準決勝
ドイツ 3-2 トルコ
 
※日付は全て現地時間

最終更新:6/25(土) 14:30

SOCCER DIGEST Web

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