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『日本で一番悪い奴ら』で映画デビュー! 「デニス」の“行雄ちゃん”こと植野行雄

CREA WEB 6/25(土) 12:01配信

 綾野剛が悪徳警官を熱演する映画『日本で一番悪い奴ら』で、S(スパイ)の一人となるパキスタン人のラシードを演じる植野行雄。アヤしいルックスながら、お笑いコンビ「デニス」の“行雄ちゃん”として親しまれる彼の意外な経歴とは? 

上京後、向井理と同じ飲み屋で働く

――大阪出身の植野さんですが、上京してきた理由は、お笑い芸人を目指してですか? 

 高校卒業後は、大阪でチャラチャラしていて、当時付き合っていた彼女と結婚すると思っていました。20歳のときに、お父さんがブラジルに引っ越すって言い始めたんです。お母さんは付いて行くって言ってるけど、会社員のお姉ちゃんは大阪残ると言って。それで僕は、東京に行くことを決めたんです(笑)。

――その頃は、お笑いには興味がなかったということですか? 

 人前で話すことは好きだったのですが、それを職業にしようとは思ってもいませんでした。だから、上京してすぐは大阪時代の友達の家に入り浸ってました。植野行雄の名でこのルックスだから、それまでバイトも受からなかったのが、知り合いの紹介で西麻布の飲み屋でバイトを始めたんです。芸能人がよくいらっしゃる店で、向井理くんも働いていました。常連だったYOUさんには週2、3回でご飯をごちそうになっていて、生活用品もいただいてました。それで、その後にアパレルメーカーに勤めたんです。

――まだ、NSC東京(吉本興業の養成所)には行かれないんですね。

 大手メーカーで3年ぐらい働いていたんです。でも、別に服に興味があったわけでもないので、ほかの人たちのように独立する思いもなく……。気付いたら27歳になっていて、周りの「一度、本当にやりたいことをやったら?」という意見もあって、やっとNSCに行くことを決めました。でも、1年通って辞める予定だったんです。

トレードマークのヒゲは、フレディ・マーキュリーを意識

――そんななか、10年に相方の松下宣夫さんとお笑いコンビ「デニス」を結成しました。

 相方ができたら、辞めるタイミングもないし、その頃は月の給料が3,000円ぐらいだったんですが、YOUさんだけでなく、飲み屋の常連だったみんなが応援してくれていたので、辞めるに辞められない。それで結成2年目のときに「笑っていいとも! 増刊号」に出ることが決まったんです。そこで1エピソード話す予定だったのを無視して30分喋ったら、それが受けて、少しずつ仕事が来るようになりました。あと、12年の「THE MANZAI 2012 認定漫才師50組大集結SP」に51番目のテスト要員として出たんですが、そのときの反響も大きかったですね。

――そして、13年にドラマ「海の上の診療所」で役者デビュー。今回『日本で一番悪い奴ら』ではラシード役で映画デビューを飾りました。

「海の上の診療所」はブラジル出身の航海士の役だったんですが、コントだけで、なんにも芝居したことがなかったのに、初めて芝居したのが月9(ドラマ)ですよ! 今回のお話も驚きましたね。ある日、ルミネの劇場の出番が終わって、マネージャーから「ピストルとか麻薬がいっぱい出てくるような映画で、パキスタン人役のオファー来てます~」と、軽い感じで言われたんです。だから、「ちょっと出てもいいかな?」程度だったんですけど、綾野剛さん主演のこんなスゴい作品とは思いもしませんでした。白石(和彌)監督の『凶悪』も観ていて、ファンでしたので驚きました。その後、白石監督やプロデューサーさんと打ち合わせで「すぐ名前が挙がった」と聞いたんですが、そのときほどアヤしいルックスをしていて良かったと思ったことはないですね。

――トレードマークでもある、鼻の下のヒゲはどういうきっかけで生やすように? 

「マリオブラザーズ」のマリオとか『トイ・ストーリー』のミスター・ポテトヘッドとか言われるんですが、アパレルで働いていたときに、アメカジだったこともあって、フレディ・マーキュリーっぽいカッコ良さを出そうと思って生やしたんです。そのときから誰にも分かってもらえませんね。モテるためには剃りたいですけれど、もう僕のキャラクターになっているから無理ですね(笑)。

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最終更新:6/25(土) 12:01

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