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【独中蜜月】中国の市場になびくメルケル

WiLL 6/26(日) 12:00配信

メルケルは「日本無視」

 いまや「世界最強の女」「欧州の女帝」とまで呼ばれる戦後ドイツ八人目の首相、アンゲラ・メルケルは、米経済誌『フォーブス』の「世界で最も影響力のある人物」二〇一五年版のランキングでオバマ米大統領を抜き、ロシアのプーチン大統領に次いで二位に選ばれるほどの「大宰相」です。
 しかし、それにしては印象があまりにも地味で、”初代・鉄の女”サッチャー元英首相のようなパッションを見せることもなく、カリスマ性とも無縁です。しかも、その生い立ちや人となりは日本人にはもちろん、地元ドイツでさえ不思議なことにほとんど知られていない。そこで、メルケルの知られざる実像を伝えるべく上梓したのが『世界最強の女帝 メルケルの謎』(文春新書)です。
──今回は、ドイツと中国、メルケルと日本の関係についてとくにお聞きしたいと思います。最近は独中の接近ぶりが目立つような気がしますが。
 一言で言えば、彼女は自分を地味にプロデュースするのがうまい。中国との関係でも、水面下で静かに目立たないようにことを進め、気がついたときには大きな成果を上げている。そこが非常にメルケル的です。
 彼女は二〇〇五年の首相就任以来、二〇一六年九月までのあいだに計九度、中国を訪問していますが、一方、訪日はわずか四回。そのうち二度は二〇〇八年の洞爺湖サミットと今年の伊勢志摩サミットのための来日ですから、中国に比べていかに日本を軽視しているかがわかります。
 三国干渉の昔から、歴史的に見れば日独中の三国関係には因縁がつきまとっています。ドイツ軍事顧問団は蒋介石の中国軍を錬成し、ナチス政権も対中軍事支援を行っている。一九三七年の第二次上海事変ではドイツの指導によって築かれた堅牢なトーチカによって日本は大苦戦し、四万人を超す死傷者を出しました。

ドイツに片想い

 そもそもドイツ人は中国には愛すべきメルヘンの国というイメージを持っているのに対し、日本に対しては同じ工業国としてライバル視しているところがあります。十九世紀後半にドイツの皇帝ヴィルヘルム二世が広めた「黄禍論」という言葉も、主に日本の脅威を訴えるものでした。
 日本人は、ドイツと言えばカント、ゲーテ、ベートーヴェンといった哲学者や芸術家を思い浮かべ、敬意と親しみを抱いている。「カルテ」などの医学用語や、「ワンダーフォーゲル」などという山岳用語のドイツ語も一般的に使われています。
 一方、ドイツ人の対日観はあまり芳しいものではありません。私が時事通信の特派員としてドイツに滞在していたころ、何度もそういう印象を持ちました。
 ドイツ統一直後の九〇年代、中年男性が歯に衣着せず好き勝手なことを言うドラマ仕立ての番組があり、日本に対してレイシズム的な発言をしたり、「経済的な貪欲さ」や「環境破壊」を批判したりしていました。
 日本では一般公開されなかったようですが、『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』(二〇〇九年、独仏中合作)という映画は、愛と善意にあふれた主人公が、極悪非道な日本軍の”南京大虐殺”から中国人民を守ろうとするストーリーで、ドイツでは映画賞四部門を受賞するなど高い評価を得ています。
 しかし、私がドイツ人の対日観の厳しさについて語っても、かつては日本人にはなかなか信用してもらえませんでした。「もうそろそろ片想いはやめたほうがいい」と雑誌に寄稿したこともあります。
 戦後しばらくのあいだ、日本人がドイツに行くと、「今度はイタリア抜きでやろうじゃないか」と冗談まじりによく話しかけられたという風聞があります。イタリアが足を引っ張ったために戦争に負けた、ドイツと日本だけで戦っていたら勝っていたという負け惜しみです。昔、ドイツにいたという商社マンの方に聞くと、たしかにそう言われたことがあるそうです。
 しかし私はそういう話を耳にすることはありませんでした。ドイツ人学生に聞いてみると、「頭がおかしいんじゃありませんか」と言わんばかりに肩をすくめてこう答えました。
「われわれは戦後、ナチスを否定することに全力をあげてきたんです。そのナチスと同盟国だった日本と組んで、イタリア抜きでまた戦争を仕掛けようなんて、冗談にしても悪趣味すぎます」
 九〇年代の学生ですから、いま四十代くらいでしょう。その世代くらいになると、もはやそんな冗談は通じません。ドイツの歴史認識がどんどん先鋭化していることがその背景にあるからでしょう。
「ナチスを否定することに全力をあげて」いるドイツでは、地名や建造物名からナチ関係の名前を一掃してきましたが、いまや矛先はヒトラーを首相に指名したヒンデンブルクにまで向けられています。ヒンデンブルク広場やヒンデンブルク通りのような名前はやめようというわけです。戦中派がほぼ他界してしまっているので、歴史認識がいよいよ先鋭化されつつある。
 第二次大戦終結七十周年を機にモスクワを訪問したメルケルが、「赤軍は解放軍だった」と明言したのも、赤軍にひどい目にあわされた人たちが高齢化して、独ソ戦の生存者がかなり少なくなっているからだと言われています。
 もちろん彼女はロシア語が堪能だし、東ドイツでソ連式のエリート教育を受けたのでしょうから、ロシアに対する親和性は高い。だから「赤軍兵士は西側連合軍とともにベルリンとドイツをナチスから解放した」というところまで踏み込んで言えたのでしょうが、いずれにせよ、ドイツの歴史認識はそこまで先鋭化しているのです。

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最終更新:6/26(日) 12:00

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