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希望か、それともペテンか!? イーロン・マスクの「ロケット再使用でコスト100分の1」を斬る

HARBOR BUSINESS Online 6/26(日) 9:10配信

 まるで『サンダーバード』のように、打ち上げたロケットが地上に帰ってくる――。2016年になり、そんな光景はもう珍しいものではなくなった。

 現在米国では、スペースXとブルー・オリジンという2つの民間企業が、打ち上げたロケットを着陸させて回収し、整備して再び打ち上げに使う「再使用ロケット」の開発に勤しんでいる。スペースXは人工衛星の打ち上げに使う大型ロケットの第1段機体の回収に何度も成功し、再使用打ち上げももう目前に迫っている。ブルー・オリジンは人工衛星を打ち上げられない小型ロケットではあるものの、これまでに再使用打ち上げに3回成功している。

 従来のロケットは、基本的に機体のすべてを海や陸、宇宙に捨てており、打ち上げのたびに新しい機体を製造しなければならなかった。もし、再使用ロケットが本格的に実用化され、旅客機のように飛ばせるようになれば、運用にかかる費用を大幅に抑えられる可能性がある。

 では、どれぐらい抑えられるのだろうか。スペースXのイーロン・マスクCEOはたびたび、「100分の1」と語る。現在、スペースXが運用している大型ロケット「ファルコン9」の打ち上げ価格は6200万ドル(現在の為替レートで約65億円)だが、100分の1ともなれば、62万ドル(約6476万円)にまで下がることになる。もし実現すれば、宇宙利用は飛躍的に進み、私たちが宇宙旅行へ行ける日も夢物語ではなくなるだろう。

 しかし、そんなことは本当に可能なのだろうか。

◆「コスト100分の1」が難しい理由

「今まで使い捨てていたロケットを、再使用できるようにすることでコストを低減する」というのは、それだけ聞くともっともらしく思えるが、もちろんことはそう単純ではない。

 ロケットを再使用すれば、たしかにその都度新たに機体を生産しなくては良いものの、打ち上げごとに点検や簡単な整備は必要になるだろうし、打ち上げ数を重ねるうちに、ロケット・エンジンを取り替えるほどの大掛かりな整備も必要になるだろう。つまり製造費の代わりに、整備費が新たにかかってくることになる。

 また、機体を再使用することで信頼性の低下という問題も出てくる。ロケットという乗り物は、強大なエネルギーでもって、ものの数分で地上から宇宙まで駆け上がる。そのため機体のあちこちに大きな負担がかかる。しかし、現代の技術では、人工衛星を打ち上げるためのロケットは、機体を徹底的に軽量化しなければそもそも設計が成立しない。そのため強度の限界ぎりぎりを攻めた造りにする必要があり、再使用するからといって、機体を十二分に頑丈に造ることはできない。

 そのような構造的に貧弱な機体を何度も再使用するとなると、使い込めば使い込むほど、どこかが壊れる心配が出てくる。いくら安価なロケットでも頻繁に失敗するようでは意味が無いし、そのために整備費がかさんで、結局高価なロケットになってしまっても意味が無い。

 さらに、機体を再使用するということは、着陸のために必要となる余分の推進剤(ロケットの燃料)を積まねばならず、さらに着陸脚や機体を安定させるための小型翼なども追加しなければならない。前述のようにロケットの軽量化にとって足かせとなり、打ち上げられる人工衛星の質量も減ってしまうことになる。

 そして過去には、実際に「旅客機のように飛ばせるロケット」を目指して、失敗に終わった計画がある。有名なNASAの「スペース・シャトル」である。スペース・シャトルも機体の一部を再使用できるようにすることで、1回あたりの打ち上げ費用を数十億円にすることを目指していた。ところが、実際は数百億円から、最大で1000億円にまで打ち上げ費用は膨れ上がり、当初目指していた低コスト化は達成できなかったという歴史がある。

◆イーロン・マスクが考える「コスト100分の1」の根拠

 では、イーロン・マスク氏はどのように、再使用によって打ち上げコストを100分の1に減らせると考えているのだろうか。

 マスク氏が過去に語ったところによれば、まずロケットのコストのうち、推進剤のコストが占める割合はわずか0.4%、また材料のコストも、多く見積もっても2.0%ほどしかないという。

 つまりロケットのコストのほとんどは、ロケットを建造するための行為――材料を買ったり、加工したり、組み立てたりなど――から発生しているということになる。再使用すればこれをなくすことができ、ロケットのコストは大きく下がる、というのである。もちろん、再使用では点検や整備にかかる費用が新たに追加されるが、そうした手間は、建造するのにかかる手間と比べると圧倒的に少ないため、大幅なコストダウンは十分に可能だという。

 また、スペース・シャトルが再使用に失敗した理由については「スペース・シャトルは不運だった。もともとのコンセプトは良かったと思うが、要求の変化によって、効率的に再利用することができない機体になってしまった」と分析。そして自身のロケットについては「私たちが考えている要求事項を固持し続けることができれば、迅速に再打ち上げができる『完全再使用ロケット』は開発できると考えている」と語り、スペース・シャトルと同じ轍は踏まないことを強くアピールしている。

 実際、スペース・シャトルとファルコン9には大きな違いがいくつもある。たとえば、スペースシャトルは地球周回軌道から帰ってくるが、ファルコン9は高度60~80kmから第1段機体が帰ってくるだけで、減速に必要なエネルギーは少なく済み、また大気圏再突入時に受ける加熱もずっと小さい。またスペース・シャトルのブースターは大西洋に着水させて船で回収し、洗浄や整備を行い、推進剤を再度詰めて再使用されていたが、ファルコン9の第1段機体は陸上の発射台の近く、もしくは船に降ろすため、輸送や整備はずっと簡単になる。

 つまりマスク氏は、スペース・シャトルよりシンプルで、かつ効率的に再使用できるロケットであれば、十分に勝機はあると見ているのである。

 マスク氏はこうも語る。「私も3年前(2010年)までは、再使用ロケットには疑いの目を向けていました。しかし今、私はそれが可能であることを確信しています。もちろん、まだまだ先の長い話ではありますが」。そして現在まで、その見通しは撤回されていない。

◆「コスト100分の1」はセールス・トーク

 スペースXやブルー・オリジンは、これまでに着陸・回収に成功したロケットを詳しく分析しており、1回の飛行でどれだけの疲労が溜まるのか、それはどれくらいのコストで整備できるものなのか、といった実際の知見を持っている。その知見が具体的にどういうものかは明らかにされていないが、ロケットの再使用に対するトーンが落ちていないということは、少なくとも今のところは、楽観的になれるほどの明るいデータが出ているということだろう。

 しかし、本当にマスク氏が言うとおりの「打ち上げコスト100分の1」が達成できるかどうかは眉唾物である。少なくとも実現の可能性が十分に見えるまでは、マスク氏によるセールス・トークと見るべきであろう。

 ロケットのコストを100分の1にするには、単純にロケットを100回再使用するだけでは済まない。打ち上げごとに点検と整備がかかるため、100分の1にするために必要な再使用の回数はもっと多くなる。

 また、ファルコン9ロケットの部品の中で再使用できるのは第1段機体のみで、第2段機体や、搭載している衛星を空気抵抗や轟音などから守る衛星フェアリングなどは使い捨てている。つまりこれらは通常の使い捨てロケットのように、打ち上げのたびに生産する必要がある。

 スペースXは、将来的に第2段機体やフェアリングの再使用もやりたい、という構想を持ってはいる。実現すれば機体のすべてを再使用できるようになるため、より大きなコスト削減が期待できる。

 しかし、フェアリングの再使用は比較的簡単ではあるものの、第2段機体の再使用は、とくに回収の点で難しい。というのも、第2段機体は第1段機体とは違い、完全に宇宙空間に飛び出し、なにより人工衛星を軌道に入れるために必要な秒速約7.9kmという速度を出している。その機体を減速させ、次に大気圏に再突入させ、そして地上に着陸させるのは、技術的にかなり難しい上に、着陸脚や着陸のための推進剤などの追加装備によって、ロケットの打ち上げ能力は大きく低下することになる(詳しくは省くが、第2段に着陸脚などを追加することによる性能の損失は、第1段機体に追加することによる損失よりも大きく掛かる)。

◆「コスト100分の1」は難しくとも、ロケットは安くなる

 こうした理由から、ロケット再使用によるコスト100分の1の達成は非常に難しいと考えられる。しかし、ロケットを飛ばすのに必要なコストが、そして価格が、100分の1とまでは言わずとも、今より安価になることは十分に期待できる。

 たとえば、スペースXのグウィン・ショットウェル社長は今年3月、「第1段の再使用によって、30%のコスト削減になる」と明らかにしている。もしこのコスト削減率が、そのまま価格にも還元されるのであれば、ファルコン9の価格は現在の6200万ドルから4340万ドルにまで下がることになる。

 また、ロケットのコスト削減は、何も再使用ロケットでなくてはならない、というわけでもない。一般的に、ある製品の仕様や部品を規格化し、大量生産を行えるようにすれば、生産の効率が上がり、また品質も安定し、結果的に生産にかかるコストを下げることができる「量産効果」が期待できる。その代表例が自動車で、ロケットの世界でも、ロシアや中国がこの方法によって、使い捨てながら安価なロケットを供給している。

 大量生産は生産すればするほど量産効果によるコスト削減が図れる。もちろん、今後、ロケットの打ち上げ需要がどれだけ増えるかによっても変わってくるため、使い捨てロケットの大量生産が優位になる場合もあれば、再使用ロケットが優位になる場合もあろう。

 もっとも、どちらになるにせよ、スペースXにとってはどちらかに一本化する必要はない。再使用にそれほど旨味がないとわかれば、その段階でロケットから着陸脚などを取っ払い、使い捨てロケットにして、そして自動車のように大量生産できるようにすれば良い。

 重要なことは、やり方はいろいろあれど、そしてコスト100分の1は厳しくとも、ロケットのコスト、価格が、今より大きく安価になる未来が迫りつつあるということである。それだけでも、宇宙開発にとって革命にも等しい出来事になることは間違いない。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。

Webサイト: http://kosmograd.info/about/

【参考】

・Reusability: The Key to Making Human Life Multi-Planetary | SpaceX(http://www.spacex.com/news/2013/03/31/reusability-key-making-human-life-multi-planetary)

・Musk Outlines Plans for Fully Reusable Falcon Rockets at Parabolic Arc(http://www.parabolicarc.com/2012/02/08/musk-outlines-plans-for-fully-reusable-falcon-rockets/)

・Liveblogging Tech Renaissance Man Elon Musk at D11 – Liz Gannes – D11 – AllThingsD(http://allthingsd.com/20130529/coming-up-tech-renaissance-man-elon-musk-at-d11/)

・SpaceX says reusable stage could cut prices 30 percent, plans November Falcon Heavy debut – SpaceNews.com(http://spacenews.com/spacex-says-reusable-stage-could-cut-prices-by-30-plans-first-falcon-heavy-in-november/)

・Capabilities & Services | SpaceX(http://www.spacex.com/about/capabilities)

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:6/26(日) 9:10

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