ここから本文です

どの作品にも万遍なくまぶされていた「砂」 『砂漠の思想』 (安部公房 著)

本の話WEB 6/29(水) 12:00配信

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日はヤマザキマリさん。

 ヨルダンのワディ・ラムという砂漠は映画「アラビアのロレンス」の撮影地として有名で、行くのが困難で辺鄙な場所にあるにもかかわらず、そこを訪れる観光客も少なくないという。

 私も以前、暮らしていたシリアのダマスカスから車で遥々南下してこのワディ・ラムを目指したことがあるが、何をどう間違えたのか、ワディ・ラムの区域内ではあっても、観光的な配慮がされているような場所には到達できなかった。仕方が無いので適当な場所で車から降り、しばらく辺りを好き勝手に散策したわけだが、どこを見回しても岩と砂しか無く、人の気配どころか野放しのラクダ以外生き物的な気配は一切無い。ものの5分足らずで喉の粘膜がすっかり乾き、脱水症状の兆候が現れ、車の中にあったたった1本の水を一気に飲み干してしまった。辺りに何もないという状況が、更にそこに滞り続けることへの危機感を煽るのだ。

 そんな中東の砂漠のように、命にとって過酷な環境条件はそれなりの思想を生む。大きな力を持ち続けている宗教の多くは、考えてみたらやはりこういった人間に容赦のない自然の中で発生してきたものだ。四季の変化が生み出す穏やかな情緒感などとは全く結びつかない乾いた砂漠は、救済以外の妄想を抱く余地を与えないひとつの現実である。そしてその現実という要素を持った砂漠を、流動的で実体の無い不可抗力な壁として捉え、表現してきた作家が安部公房だ。

『砂漠の思想』は安部公房自身も本書のあとがきで記しているように、彼の複眼的で多様な思想がまとめられた、創作の手口的エッセイである。「砂漠」とタイトルされてはいても、内容はパブロフの条件反射理論から映画論、そしてマリリン・モンローに至るまで、テーマの振り幅は広い。安部公房作品の熱心な読者にとっては有り難い手引書のようなものかもしれないが、安部公房作品を知らない人であっても、この作家の得意技と言っていいクールなレトリックと、抜け目の無い辛辣なユーモラスさが織り込まれた文章には、思わず惹き込まれるだろう。

『砂の女』という世界で読まれる名著を生み出したこの作家の生涯における創作の主題は、頑なまでに砂であり、砂漠である。満州という「半砂漠的」な環境で育ったこの作家の原風景が、虚構と想像力、絶望と希望、信頼と疑念をおびやかす要素として、彼のどの作品にも万遍なくまぶされていたことを、何をテーマにした文章を読んでいても心底で認識させられる。都市や地方の小さな街、病院や家の中、安部公房が描く人間の世界はどんな形状をしていても、それは確固たる形を持たず、寄り掛かることも、守られることも叶わない砂と砂漠なのである。

 20年ぶりくらいでこの本を再び開いたら、文節毎に考え込むこと暫しであった。こういう思想のあり方を知っているのと知らないのとでは、人の生き方の姿勢もどこか違ってくるのではないかと、こんなご時世だからこそ、尚更感じさせられるものがある。

文:ヤマザキ マリ

最終更新:6/29(水) 12:00

本の話WEB

Yahoo!ニュースからのお知らせ