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オバマ大統領広島訪問の意義

WiLL 6/29(水) 9:00配信

歴史が変わった日

 将来の歴史家は、世界の潮流が変わった象徴的な日として二〇一六年五月二十七日を挙げることでしょう。オバマ大統領が広島を訪問した日です。この訪問を機に、世界は戦争の二十世紀からモラルの二十一世紀への歩みをはじめたのです。世界を変えた主役はオバマ大統領だけではありません。許しの精神でオバマ大統領を迎えた被爆者の方々こそ、歴史を変えた真の主役でした。
 オバマ大統領の口から謝罪の言葉は聞かれませんでした。しかし、原爆を投下した国の現職の大統領の広島訪問そのものが、無言の謝罪を意味していたと私は感じています。オバマ大統領のスピーチに、アメリカの心境の変化を見て取ることができます。
「すべての人がかけがえのない価値を持った貴重な存在であること、そして、私たちが人類という一つの家族の一員であるという根源的かつ必然的な信念を伝えるために広島に来たのである」
 と述べた後、オバマ大統領は
「七十一年前にここ広島で亡くなった人たちは、愛する人たちを大切にするわれわれアメリカ人と同じだ」
 と強調しました。つまり、オバマ大統領はアメリカの原爆投下を正当化しなかったのです。確かに、謝罪という言葉は使いませんでした。しかし同時に、原爆投下は正義ではなかったことを暗示したのです。
 オバマ大統領のスピーチは被爆者の心境に寄り添うものであったと感じました。原爆という人類破壊兵器は、敵味方を超えて人類全体が取り組まなければならない課題であるという問題意識を共有するものであったからです。だからこそ、被爆者の方々はオバマ大統領が広島に来て被害の実態に触れたことを評価されたわけなのです。被爆者の方々のこの態度に、私は崇高な道義性を感じました。

謝罪を求めても癒されない

 被爆者の方々も私たちの多くも、原爆が非人道的兵器であることは主張しても、アメリカに対し謝罪を求めることは控えてきました。アメリカを憎む気持ちは持たなかったのです。もし、原爆投下以降被爆者の方々や国民がずっとアメリカを憎み謝罪を求め続けていれば、オバマ大統領の広島訪問は実現しなかったでしょう。それだけではありません。今日のような良好な日米関係は築けなかったでしょうし、さらには今日私たちが謳歌している経済的繁栄も実現していなかったかもしれません。なぜなら、他国を恨んだり憎んだりする感情は、結局のところ自らに跳ね返ってくることになり、自らの発展を妨げることになるからです。
 たとえ、執拗に謝罪を求めた結果相手が謝罪したとしても、それで満足することは出来ないでしょう。なぜなら、求められて行う謝罪は本当の謝罪ではないからです。従って、さらなる謝罪を求めることにならざるを得ないのです。この悪循環は留まるところがありません。このいわば憎しみの連鎖から抜け出る方法は、相手を許すことなのです。恐らく、被爆者の方々はこういった至高の心境に達しておられたのだと思います。だからこそ、オバマ大統領を心から歓迎することができたのでしょう。
 勿論、被爆者の方々はアメリカ政府や国民を許しても、原爆そのものを許したわけではありません。むしろ原爆を許さないからこそ、オバマ大統領に対して核廃絶への一層の努力を要請したのです。このような被爆者の方々や日本国民の姿勢は、実は世界で高く評価されているのです。
 七十一年前、広島が原爆投下によって破壊されたとのニュースに心を痛めたキューバ人がいました。後にキューバ革命を指導し、以降五十年にわたりキューバを率いてきたフィデル・カストロ国家評議会議長、その人でした。カストロ議長は広島が原爆の惨禍からどのように復興したのか自らの目で確かめたいとの希望を持っていたのですが、二〇〇三年三月にようやく長年の夢が実現しました。当時駐キューバ大使であった私もカストロ議長の広島訪問に同行しました。カストロ議長は、一時間かけて原爆資料館を見て回り、原爆慰霊碑に献花して広島訪問を終えました。
 私が感心したのは、帰国後にカストロ議長が行った広島訪問の議会報告です。カストロ議長は、
「気高く寛大な日本人は、原爆の投下者を憎む言葉を一言も発しなかった。その代わりに、このような悲劇が二度と起こらないようにと、平和祈念碑を建立して世界平和を祈り続けてきた」
 と議員たちに説明したのです。カストロ氏のこの言葉は、被爆者の方々の心情をぴたりと言い当てている気がします。彼の眼にはアメリカを憎まなかった日本人の態度が高貴なものに映ったのです。このような高貴な精神こそ、今回歴史を動かす原動力となったのだと確信しています。

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最終更新:6/29(水) 9:00

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