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パナソニックが挑む「出向による人材育成」

Forbes JAPAN 6/30(木) 8:00配信

ネガティブな表現として使われている「出向」制度は現在、パナソニックをはじめ人材育成の手法として活用しはじめている。



「出向」というと、読者の皆様はどのようなイメージをお持ちだろうか?

片道切符、島流しといったネガティブな表現が使われることもあるが、元来、幹部候補人材に経営を経験させるというように人材育成を目的として活用されることも多い制度である。

今、この出向制度をイノベーション人材育成に活用しようというケースが増えている。従来のような管理能力を習得させるためのものではなく、業界や規模の異なる企業に出向させ、変革を担える人材を育成しようというのである。銀行系ベンチャーキャピタルの人材が独立系のベンチャーキャピタルへ、監査法人からベンチャー支援を行う事業会社へ、大手菓子メーカーがベンチャー企業へ……と、枚挙にいとまがない。

パナソニックでも、2016年3月からある人物をベンチャー企業に出向させている。コーポレート戦略本社人材戦略部に所属している濱松誠だ。同氏は、06年入社の33歳。パナソニック社内の人材戦略の立案や人事諸制度の設計を担当している。

そんな濱松が、東証マザーズ上場の従業員数十人規模のベンチャーで、コミュニティサービス事業、コンサルティング事業、旅行事業などを多角的に展開するパス社に出向を開始したのだ。

濱松曰く、「ベンチャー出向はパナソニックにおいて初めてのケースで、トライアルの要素が大きい。ベンチャー企業に出向することによって、大手企業しか知らない自分にどのような能力が身につくのか。会社が私に提供してくれた機会を最大限に活用して成長し、自社の人材戦略に反映できる経験値を持って帰りたい」とのことだ。

筆者は「LoanDEAL」という出向のマッチングプラットフォームを運営し、大手企業からベンチャー企業への出向のマッチングを行っているが、大手企業から問い合わせが多数寄せられている。問い合わせ主の大半は、人事部門ではなく、経営企画部門・新規事業部門。事業創造における課題解決の手法として、つまりイノベーション人材の育成手法として、ベンチャー企業への出向に興味を示しているのだ。
--{事業全体を把握できることが大きい}--
ではなぜ、ベンチャー企業への出向が、イノベーション人材を育てるのだろうか。

出向経験者の声を集めて見えてきたのは、(1)「0→1の実践経験」、(2)「全体感」、(3)「専門性」という3つのポイントである。

まず、「0→1の実践経験」という点について、これは必ずしも、ビジネスプランや事業計画を作り上げるという意味に限ったことではない。ベンチャー企業には、リソースに限らず、マニュアル・体制といったあらゆるものがない。つまり、手足を動かしながら、一方で再現性を高めるための仕組みを自ら構築していかなくてはいけない。

先に紹介したパナソニック・濱松は「パナソニックの時は、社内に豊富なリソースがあり、それをどうやって活用するかが大切だった。ところがベンチャー企業では、社内のリソースはわずかであり、やりながらリソースを増やしていくしかない。『個』としての能力が最大化されていく感覚があり、さらには、今まで自分が蓄積してきたスキルや人との信頼関係などに気付くきっかけにもなった」と述べている。

また、別の出向経験者からは「事業全体を把握できることが大きいですね。私は営業職ですが、開発者向けの仕様書を作成したり、経営者と事業の可能性について議論をしたりという機会が頻繁にある。業務が細分化した大きな組織では絶対にできなかったことです」という感想をもらった。これが2つ目のポイント、「全体感」である。

他部門のスタッフがどのような課題感を持っているか、経営者がどのように意思決定しているか。当然どの会社にも、部署ごとの課題があり、経営者の意思決定があるわけだが、大きな組織の中ではそれを想像することすら難しい。これが、ベンチャー企業の場合にはすべての課題に対して全員が当事者となる。個人の動きが周囲にどのような影響を与えるか、それが下手をするとすぐ隣の席で起こるのである。

そして最後に、「専門性」。これはベンチャー企業への出向に限ったことではないが、出向経験者の多くが、「違う業界を深く知ることができて、自社の事業に対する新しい視点を得られた」と述べている。

テクノロジーの進化によって競争環境は大きく変化し、業界内での競争に勝てばよいという時代は終わった。これは、一つの専門性を掘り下げるだけではイノベーションの創出が期待できないということを意味している。「パラレルキャリア」や「副業」の是非が議論を呼ぶのは、この状況を反映してのことである。

つまり企業は、新しいイノベーションの担い手として、業種業界を超えて複数の専門性を有している人材を育成していかなければならない。そして専門性を増やすには、企業の枠を超えて人材に機会を提供していくことが必要なのだ。
--{「人材が戻る」が最大の特徴}--
以上に見てきたように、ベンチャー企業への出向を通じて「0→1の実践経験」「全体感」「専門性」を人材に提供することで、イノベーションを起こすために必要な能力を開発することができる。

そして、出向制度の最大の特徴は、当然ながら人材が戻ってくるということにある。かつて、日本企業は終身雇用という形で企業と個人が長期的な信頼関係を結び、その安定の下で人材が専門性を高めることでイノベーションを起こしてきた。イノベーションに必要な能力の要件が変わった今、人材の流動性にばかり議論が向いているが、果たしてそれで十分なのだろうか。

大手企業の持つ資源にアクセスし最大限に活用するためには、信頼関係の構築が必要なことは、今も変わらない。つまり、大手企業はイノベーションの旗手となるべき人材との長期的な信頼関係を維持しつつ、一方で自社内では提供することが難しい事業創造の能力開発の機会を提供しなければならない。そして、この相反するこの2つを両立する人材の育成手法として、出向制度が注目されているのだ。

原田未来◎ラクーン、カカクコムを経て、15年7月ローンディール設立。業界や規模を超えた出向を可能にするプラットフォーム「LoanDEAL」を運営している。

Forbes JAPAN 編集部

最終更新:6/30(木) 8:00

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