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ブラジル・サッカー復活の鍵は“過去”にあり――第1回「1950年の悪夢」

SOCCER DIGEST Web 7/1(金) 21:00配信

己の全てを否定されるほどの衝撃を受けた「ミネイロッソ」…。

かつて、サッカー王国・ブラジル代表が現在と同様にもがき苦しんだ時代があったのはご存知だろうか。1950年、自国開催のワールドカップで絶対的な本命と言われながら準優勝に終わった日から、それはしばらく続いた。

しかしその後、ペレを中心としたブラジル代表が躍進し、流れが変わる。

現在の迷えるブラジルが復活するためのヒントは、ペレの時代にある?  ちょうどペレの伝記的な映画が公開されるというのも、何かのメッセージかもしれない。ここで改めて、過去のブラジルとペレについて探っていきたい。~第1回(全3回連載)



 2014年7月8日、ブラジル・ベロオリゾンテ。エスタディオ・ミネイロンで繰り広げられる光景に、スタンドを埋めた“黄色い”群衆は言葉を失い、ある者は大粒の涙をその両目からこぼし続けた。
 
 優勝すると信じて疑わなかった彼らの代表チームが今、ドイツ代表の無慈悲な攻撃によって、成す術なく次々にゴールを割られ、ピッチ上でうろたえているのである。
 
 前半終了後の観客のブーイングには力がなく、彼らは後半になると、ドイツのパスワークに対して「オーレ! オーレ!」の大合唱を送り、試合後にはスタンディングオベーションで勝者を称えた。
 
 もっとも、それはドイツへの称賛という純粋な気持ちからの行動ではなく、期待を裏切った彼らの代表チーム「セレソン」に対する、これ以上ない抗議の表現方法だった。
 
 攻撃の中心だったネイマール、守備の要でキャプテンでもあるチアゴ・シウバを怪我や出場停止で欠いていたのは、確かにブラジルにとってエクスキューズの材料となるものだったし、そもそもブラジル国民も心の底では、ドイツが有利であることを戦前から承知していた。
 
 しかし、1-7の大敗という惨劇は、ブラジル人にとって、セレソンの戦い方はもちろん、これまでの歩み、方向性、さらにはそのブラジル・サッカーの歴史やアイデンティティー、そして存在そのものすら否定されるほどの衝撃に満ちていた。
 
 かつて1998年フランス・ワールドカップで、セレソンは決勝前夜に頼みのロナウドが痙攣を起こし、彼が無力化した結果、開催国に0-3の大敗を喫したという屈辱の歴史があるが、国民は選手たちの健闘を称え、4年後のリベンジに思いを馳せたものだった。
 
 しかし、自国開催のW杯、その準決勝という重要な舞台で演じられた悲惨な大敗劇に、国民は何の希望も見出すことはできなかった。
 
 失意のまま臨んだ3位決定戦でもオランダにも敗れたセレソン。大会が進行するにつれて高まっていたブラジル国民の期待と関心は、この「ミネイロッソ(ミネイロンの悲劇)」を境に急降下し、誰もが誇りと自信を喪失してしまった。
 
 「国民に申し訳ない」と、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督(もちろん即辞任)をはじめ、全選手が謝罪した後、セレソンはドゥンガを新指揮官に、一から立て直しを図ったものの、その歩みは芳しいものではなかった。
 
 ドゥンガは「勝利こそ復活の特効薬」として、親善試合では白星を積み重ねていった。そのスタイルは、ネイマールを背番号10&キャプテンという絶対的な存在とし、周囲が彼の才能を引き出すために動くという、これまでのセレソンでは前例のないものだった。
 
 しかし、2015年にチリで行なわれたコパ・アメリカでは、ペルー、ベネズエラには勝ったものの内容は満足できるものではなく、コロンビアには敗北。ここでネイマールが退場処分となり、首位通過は果たしたものの、準々決勝ではパラグアイにPK戦の末に敗れた。
 
 そして今夏。ネイマール抜きのセレソンは、格下ハイチには7-1で圧勝したが、エクアドル相手にゴールを奪えず、ペルーには疑惑のゴール(ハンド)とはいえ0-1で敗れ、87年大会以来のグループステージ敗退。そしてドゥンガ体制は早くも終焉を迎えた。
 
 すでに、チッチの新監督就任が発表されているが、権威が失墜したセレソンを立て直すことは容易ではない。そして、国民の期待と関心を取り戻すことも……。
 
 このように、かつてないほどの危機を迎えているセレソン。しかし、今から66年前、今回同様、あるいはそれ以上の衝撃を受け、ブラジル・サッカーが、そして国民までもが進むべき道を見失った時期があった。

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最終更新:7/4(月) 21:09

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