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年収35万のダメ脚本家と鬼嫁と娘青春18きっぷで行く超貧乏旅行の珍道中 『乳房に蚊』 (足立紳 著)

本の話WEB 7/4(月) 12:00配信

 安藤サクラさん主演の『百円の恋』で、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した足立紳さんが、このたび小説に初挑戦した。主人公の売れない脚本家とその妻には、自身の経験がかなり反映されているようだ。

「僕は中学生の頃から読書が苦手だったので、まさか小説を書くことになるとは考えもしませんでした。『百円の恋』を観てくれた編集者に、『小説の題材になるものはありますか』と聞かれたんです。そのとき、これまで映画化出来なかった企画を4本くらい見せたら、一番自信のなかったものに興味を示してくれて。それがこの小説の原型です。10年くらい前、シナリオライター仲間に妻の悪口を話していたら、『面白い奥さんだから、そのまま書けばいいと思うよ』と言われました。ちょうど同じ時期、小さな映画祭で、四国を舞台にした脚本を募集していたんです。それなら、四国と嫁さんを組み合わせたらいいんじゃないかと、貧乏家族旅行を兼ねて四国取材して一本書き上げました。とはいえ、その映画祭では、応募作が50本くらいしかなかったにもかかわらず、一次選考も通らず妻は怒り狂った。それ以来お蔵入りしていたアイディアですから、小説として日の目を見たのは、奇跡としか思えません(笑)」

 主人公の「俺」は、年収が35万円の売れない脚本家。妻のチカと5歳になる娘の3人暮らしだ。妻は家計を支えるだけでなく、キーボードを打つのが遅い「俺」に代わり原稿をパソコンで清書。企画書のゴーストライターもやってくれたり、時にはコミュニケーション下手の「俺」に代わってアポ取りから実際の取材までしてくれるなど、「俺」から見ても尋常でないほど尽くしてくれる。が、妻とはすでに3か月セックスレスで、Gカップの胸に迂闊に手を伸ばそうものなら肘鉄が飛んでくるし、機嫌を取ろうとすると「セックスなんかしないからね」と釘をさされてしまう。稼ぎのない夫に不満を募らせて、どんなにイラつく言葉を投げつけられても、「俺」は耐えるしかない。

 悶々とした日々を過ごす「俺」に、旧知のプロデューサーから連絡があった。以前に企画を出していた「うどんを打つ女子高生」の話を書いてみないか、と誘われる。そのためには取材が必要だが、当然取材費は出るはずもなく自腹なのだ。「俺」は妻に頼み込み、家族旅行も兼ねて四国取材に旅立つ。こうして移動は青春18きっぷ、泊まりは4500円の「俺」にとっての「超高級ビジネスホテル」、食事は毎食うどんのみ、の超貧乏旅行が始まる。ダメ脚本家である彼に罵詈雑言を浴びせる妻、そして一人娘の珍道中がユーモラスに描かれている。

「嫁さんのことを知る映画仲間からは、『よくあそこまで書いたね』と笑われています。僕は、高校の頃から服を脱いで笑いを取るようなところがあって、さらけ出してウケを取るしか能がない。あと、こんなに酷いことを夫に言う嫁がいるのだと世間に訴えたかった(笑)。僕の手書き原稿を嫁さんがパソコンで清書するんですが、妻をモデルにしたチカの言葉遣いが、いつのまにか上品に書き換えられていることもありました(笑)。こんな個人的な話を書いたので受け入れられるか不安でしたが、小説を読んで脚本の依頼をして下さる方もいて。僕のことを知らない人も面白がってくれたようでホッとしています」

 ◇ ◇

『乳房に蚊』 幻冬舎 本体1300円+税

足立紳(あだちしん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。第1回松田優作賞受賞作「百円の恋」が2014年に映画化。同作にて第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。初監督作『14の夜』の撮影を今夏に控えている。

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

最終更新:7/4(月) 12:00

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