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防衛省行政事業レビューは信用できない その2

Japan In-depth 7/5(火) 0:40配信

陸自衛生部は単に筆者の報道で国内用セットが貧弱であることが露呈し、その弥縫策で「思いつき」を述べたのではないだろうか。

担当者の思いつきや「頭のなかの計画」を防衛省や自衛隊では「計画」というのだろうか。岩田陸幕長や中谷大臣はこの衛生部の作った資料を元に筆者の記者会見での質問に関して「有事には国内用セットにアイテムを補充し、海外用と同等とする」と記者会見で発言している。

これら大臣や陸幕長の発言は防衛省自衛隊の公式見解として受け取られる。存在しない計画を存在すると組織のトップに報告し、それをトップが国民に対してそのように説明することはトップだけではなく、国会議員や納税者をも欺くことになる。それは文民統制への挑戦である。

組織のトップを欺くことは本来担当者のモラルはもちろん、反逆行為として責任が厳しく問われて当然である。懲戒処分が相応の行為だと思うが、防衛省では処罰もされず、このような行政レビューの有識者向けの資料にも「計画」として記載されている。防衛省は当事者能力を本当に有しているか疑わしい。

資料は「陸上自衛隊と米陸軍の個人携行救急品については、同等な部分はあるが、品目及び数量ともに少ない状況である」と陸自キットの不十分さを認めている。また表の中で各アイテムについても、一部機能あるいは数量的に不足であると認めている。

これを事実と認めたことは進歩ではある。だが昨年の記者会見で岩田陸幕長は筆者の質問に答えて「『個人携行救急品』は米軍等の装備も参考に定めており、米陸軍の同装備と概ね同様の内容品であり、著しく劣っているとの指摘は当たらないと認識している」と述べ、中谷大臣も同様の回答を行っている。つまり防衛省の公式見解が180度変化したことになる。陸幕長や大臣の認識は誤っていたのか、それとも認識を変えたのかを防衛省は説明すべきである。

この資料の記述には理解不足からか、根本的な間違いや矛盾が散見される。

特に、日米の救急セットを比較した表(2)について、IFAKは比較の対象そのものを間違えている。表(2)で示されているJFAK(統合型個人救急品)とは、米空軍のものである。航空機搭乗員用サバイバルキットの救急品、地上整備員用救急品、救出部隊用救急品、機体備付救急品を統合したものであるから、米陸軍のIFAK2とは、装備目的も運用も異なる。比較対象そのものを間違えているのだ。

担当者に専門知識が欠如しており、恐らくはウィキペディアあたりを参照して書いたのではないだろうか。かつて陸幕装備部は筆者の著書「防衛破綻」(中央公論新書)に関する正誤表を内部資料として作成した。筆者はその一部を入手したが、あまりに粗雑で、ウィキペディアを参照としたと思われた箇所が何箇所もあった。言うまでもないがウィキペディアの記述は信頼性に欠け、大学の論文でも文献として採用されない。これを利用して資料を作成するということは防衛省の資料の信頼性は高校生以下の作文と同じレベルであるということだ。

「正誤表」の「正」とされたものの多くは誤りであった。筆者はこの件を知り、抗議をしたら、54箇所あった「正誤」箇所は3箇所に減った。しかもそのうち2箇所は国交省との見解の相違に過ぎなかった。

筆者は後日この件を記者会見で小野寺防衛大臣(当時)に質し、全文の開示を要求したが内部資料であることから外部に公開しないと断られた。恐らくこの件で担当者はなんの処罰も受けなかったのだろう。

故に未だに防衛省ではウィキペディアなどの信用性の低い、不正確な資料を利用して資料を作成することが当然のように行われているのだろう。そのような胡乱な資料を元に国防政策が決定されているということになる。これを肯定していいものだろうか。

資料の検証に戻ろう。まず「救急品袋」が同等とあるが、これも事実ではない。陸自のそれは構造が簡単なよくあるポーチだ。これは胴体前部や太ももに装着するが、地雷に触雷したり、IEDの爆発に遭った場合、救急品を収めたポーチが脚と一緒に吹っ飛び失われる可能性がある。またファスナーが破損して開かない可能性も考えられる。

対して米軍のIFAK2のポーチはボディアーマーの背面に取り付ける。背中に装着するのは、ボディアーマーの陰になるため破損の可能性が一番低いからだ。中に更なるポーチがあり、これを左右どちらからでも引き出せるようになっている。ファスナーは採用されていない。このポーチは落着防止のためにコードで外側のポーチとつながっている。ドイツ軍ではボディアーマーの腹部の身体側に救急品を収めているし、英軍では、専用の救急品ポーチを支給せず、戦闘服の胸の内ポケットに収納する救急品を指示している。いずれもボディアーマーの防護力を活かして救急品を保護し、IEDで救急品を失った教訓が活かされている。

止血帯も「機能は同等、数量不足」とある。確かにIFAK2では止血帯が2個、対して陸自のそれは1個だ。だが大きな違いがある。IFAK2の止血帯は、それぞれの止血帯用ポーチによりIFAK2ポーチ本体から分離させて、いかなる姿勢でも必ず手が届くところに分散して装着する。

これは負傷時に素早く装着するためと、手足を温存するためには最低2本の止血帯が必要であるためである。さらに、止血帯の1個が破損、紛失した場合でも、もう一個が残ることを期待できる。例えば片手が吹き飛んだ状態で、ポーチのジッパーを開けて、中の止血帯を容易に探すことができるだろうか。止血帯を装着するのは通常1分以内とされているのだ。それ以上だと出血多量で死亡する可能性が高くなる。

また陸自のセットは止血帯としてCATを採用しているが、米軍やフランス軍、ヨルダン軍ではそれまで使用していたCATから「SOFTT-W: Special Operations Forces Tactical Tourniquet WIDE」に移行しつつある。これはCATが捻れることにより止血機能が失われる問題が解決されていないことが最近、致命的な欠陥として認識されてきたからだ。このため、米軍はIFAK2ではSOFTT-Wに移行しつつあり、CATを使用する場合には装着を確実にするための内容品を追加している。

因みにこの資料には記載されていないが、陸自では筆者の批判記事が出たあと、昨年度の補正予算でもう一本の止血帯と止血帯用ポーチの予算を要求している。なぜこのことを資料に反映させないのか。

なお、空自は止血帯としてSOFTT-Wを採用するようだ。CATは身体に優しい構造という利点があるものの、SOFTT-Wの方が、戦場では確実に作動する信頼性が高いためである。陸自衛生部でもSOFTT-WとCAT G7との比較実験をしたようだか、その結果CATを選択したのは、戦場での使用というセンスが欠如している、あるいは特定の業者との癒着でもあるのではないか。

はさみも同じように「同等品」ではない。はさみは傷口に刃先を突っ込むことで、外傷をさらに悪化させたことからIFAK2では廃止され、引っ掛けて素早く切り裂くストラップカッターが採用されている。ストラップカッターは車両の側面ガラスを叩き割る機能も備える。皮肉なことにこれは米国企業が日本企業に製造させている製品だ。

陸自で採用している人口呼吸シートもこれまた経鼻エアウェイとは「同等品」ではない。これは感染予防のための防護具であり、気道確保の機能は全く無い。両者を比較することそのものが間違いである。

米軍や他の軍隊では最前線での疼痛管理が進歩し、将兵全員に痛み止め、止血剤、抗菌薬からなるパッケージも戦時には支給するが、陸自にはない。この事実も資料では説明されていない。

これは法令上の制限があるためだが、現状のままでは陸自の隊員が駆けつけ警護で銃弾や爆傷により手足が離断したり、小銃弾の貫通により骨が砕けた場合に、外傷そのものより、更に痛い血流を制限することによる阻血痛に苦しんだ挙句に死ぬことになる。

また諸外国では目の保護のため保護用のポリカーボネート製のサングラスやゴーグルを支給している。これは怪我を治療するよりも、予防に勝る治療は無いとして防弾チョッキを着用させるのと同じ理屈による。しかし、陸自では目を保護するグラスは装飾品として原則禁止という時代遅れぶりだ。

陸自ではかつて米国で、迫撃砲の射撃訓練時に眼球を火傷して失明した事案があったにも関わらず、である。米国で発生したこの事故は、サングラスさえしていれば防げた外傷であった。陸自の解決法は迫撃砲の撃発を遠隔まで伸ばした紐を引いて行うことだった。だが、これだと迫撃砲の発射速度は恐ろしく低下する。まるでTVのコントだが、当事者たちは必死に考えたのだろう。平和ボケもいいところだ。こんなマヌケなことをやっている軍隊はない。この解決方と保護具の理解の無い自衛隊は米軍にあきれられたという。

(その3につづく。その1もあわせてお読み下さい。)

清谷信一(軍事ジャーナリスト)

最終更新:7/5(火) 0:40

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北朝鮮からの脱出
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