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バングラテロ~呼び覚まされた平和なランチの記憶

JBpress 7/5(火) 6:20配信

 私たちは芝生の上でコーヒーを飲みながら遠いアフリカの話をしていた。私はアフリカ旅行の話をし、友人はアフリカの仕事の話をした。狭くて埃っぽい乾季のダッカを憂いて、だだっ広いケニアのサバンナや、湿っぽくて重いタンザニアの海風を懐かしがった。

筆者が訪れたときの平和な「ホリー・アルチザン・ベーカリー・カフェ」(写真)

 それから私の持っていたトーベ・ヤンソンの本の話をした。「彼女は春が好きなんだね」と私が感想を言うと、「北欧の人たちは、極寒の冬にひとつの場所に閉じこもって、内側にあるものを充実させながら、彼ら特有の精神世界を作っていくんだ」と友人は言った。「内省的に春を待つ人々というか」

 「なるほど。暑い国とは現実との距離感が違うのね。こっちの方が季節の変わり目も現実的にとらえてる気がする。まあ性格も外向的で、人と人の距離も近いしね」

 「バングラは特にね、近いよね」

 「一度会ったら友達だからね、道端のお茶屋さんでも靴磨き屋さんでも」

 「で、もう一度会ったら家族だからね。うちでご飯食べてけ、ってすぐ始まるよ」

 「ほんとそれ」

 「日本人相手だと特にね、うざいくらいに距離近い」

 「ねー、みんな親日的すぎて逆に困る」

 笑う友人の肩越しに、川のにおいがした。

■ 高級住宅街にオープンしたレストラン

 2015年2月頭の土曜日。乾季の終わりだった。ちょうど春一番の嵐が吹いたばかりで、嵐の音に目覚めると、街は短い春に切り替わろうとしている。バングラには6つの季節があることを思いだす。

 ちりんちりん。頭の上にレンガを載せる太ったおばさんを、鉄パイプを引きずる痩せぎすのおやじを、私を乗せたリキシャはゆっくり追い越していく。埃っぽい首都は工事ばかりだ。道路工事、マンション建設、湖の埋め立て。道じゅうに開いたでこぼこを避けて、裏通りに入る。

 通りの縁石に座るバングラ人に混じって、欧米や東アジアから来た在留外国人の姿も見える。グルシャン2、ここは外国人の多い高級住宅街。東京ならば六本木を越えて赤坂へ入るミッドタウン裏。

 79番通りに入り、小さな病院を通り過ぎて道を突き当たると、広い芝生の庭が見えた。ランチの約束をした日本人の友人が庭向こうのレストランで待っていた。私は20分遅刻していた。

 「ごめん遅れた」

 「大丈夫だよ。お腹空いてる?」

 「空いてる!  何食べる?」

 「んー、サンドイッチとか?  ここ、隣がベーカリーだからいろいろあるよ」

 金曜・土曜が休日のバングラデシュ生活では、土曜の昼というものは日本で言う日曜の午後と同じ、最後のリフレッシュ時間だった。庭に置かれたテーブルに腰掛けて、何を食べようかと私たちは丹念にメニューをしらべる。

 「メニューのラインアップが洒落てる。ここ、新しいレストラン?」 私は聞いた。

 「そうそう、まだオープンしたてらしいよ。フランス人のルームメートに教えてもらったんだけど。パン焼くのにフランス人呼んだんだって。だからクロワッサンとかあるんだって」

 「へーすごい、私こっち来てクロワッサンなんて食べたことない。ていうか、なにこれパエリアがあるんですけど!」 私は興奮する。

 「いっとこう。パエリア」 友人は笑う。「何にする?  チキン?  シーフード?」

 「なんでも!  私、バングラ来てパエリアなんて見たことない!」

 バングラデシュは米食のカレーの国で、ちょっと脂っぽいチキンやエビのカレー(トルカリという)を、野菜や小魚をマッシュしてマスタードオイルでボール状に固めたボッタと一緒に指先でぐるぐる、丸めて食べるのはわりと幸せな時間なのだが、毎日トルカリだとだんだん飽きてくる。そのころ開発コンサルタントの仕事をもらってダッカに暮らしていた私には、たまにはこういう、非・カレーの食材の並んだお洒落なレストランに来るという時間が必要だった。

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最終更新:7/5(火) 22:40

JBpress

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