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「チャルメラ」「一平ちゃん」、ヒット商品を生んだ栄光の歴史から買収まで――明星食品、激動の現代史

HARBOR BUSINESS Online 7/5(火) 16:20配信

◆各時代で業界を引っ張ってきた数々の看板商品

 前回も取り上げた明星食品。カップ麺に関しては、残念ながら一番乗りを逃した明星食品でしたが、主戦場の袋麺の方では他社に先駆けて、その時代の業界を引っ張るような名作を生み出していますので、代表的なものを見ていきましょう。

⇒【資料】2006年頃の即席麺業界シェア

①「明星チャルメラ」(1966年)

 現在でも、明星食品の看板商品である「明星チャルメラ」が発売されたのは1966年のことでした。当時は「ワンタンメン」(エースコック、1963年)、「長崎タンメン」(サンヨー食品、1964年)といった淡白系の名作即席麺が次々と発売され、支持を集めていました。そんな中、夜の街に客寄せのチャルメラを吹きながら屋台を引く「チャルメラおじさん」が出すコクのある醤油味のラーメンは、顧客の心を見事に掴み大ヒット、明星食品はこのヒットにより当時の業界首位に立ちました。

 なお、お馴染みのチャルメラおじさんは、引く屋台の名前が『当たり屋』という以外、本名も年齢も不明ですが、時代とともに無精髭やズボンの継ぎが無くなったり、足元が草履からスニーカーになるなど、時代に合わせてこざっぱりとしてきているようです。ちなみに、必ず連れている猫も黒猫、白猫、三毛猫と変化しています。

②「中麺(ちゅんめん)」(1969年)

 高度経済成長によって豊かになり、人々が必ずしも満腹感ではなく、品質や健康面を気にするようになってきた時代の1969年に、明星食品が業界に先駆けて発売したのが、ノンフライ麺の「中麺(ちゅんめん)」で、これ以降、業界にノンフライ麺ブームが巻き起こります。

 チキンラーメン以来の『油揚げ麺』は、油で揚げることで麺の脱水を実現し、即席麺特有の食感やスープのコクも引き出していますが、『ノンフライ麺』は熱風が循環している乾燥機の中で脱水を行うことで、生麺に近い食感やさっぱりとした風味(スープを邪魔しない)を実現しており、カロリーも低めで時代にマッチしていたわけです。

③「ミニラーメン ちびろく」(1974年)

 1974年に発売された「ミニラーメン ちびろく」は通常の袋麺よりかなり小型(縦横10cm程度)の麺が6個入っていた商品で、麺2個で1人前のボリュームで、せんだみつおのCM(1分12秒頃)も当時大人気でした。

 CMでもアピールしている通り、よく食べるお父さんには『ちび3』普通に食べたいお母さんには『ちび2』子供のおやつには『ちび1』といった、個人に対する食べ方を提案しており、家族で同時に食卓を囲むことが少なくなってきた時代の流れも少し感じます。

④「中華飯店」(1980年)

 さらに時代が進んで、日本経済が安定成長からバブルへと入っていく1980年代、明星食品は即席麺市場において時代を象徴するような台風の目となる新展開を打ち出します。それが「中華飯店」から「中華三昧」「新中華三昧」へと発展する高級麺路線でした。

 1971年の「カップヌードル」の登場以来、各メーカーの新商品開発はカップ麺に傾いており、当時袋麺の新商品は減少傾向にありました。そんなトレンドの1980年、明星食品は百貨店限定商品として「中華飯店」シリーズの販売を開始します。

 基本的には前述したノンフライ麺の特性を生かして、付加価値の高いスープや具材で勝負する戦略が採られたわけですが、まず目を引いたのは、通常の袋麺が70円の時代に300円に設定された価格でした。

 実はこの「中華飯店」自体は翌年に販売予定だった、本命の「中華三昧」のテストマーケティング商品であり、美味しい商品になら高いお金を払ってもいい、という顧客がどれだけ存在するのかを確認する目的を持っていたために設定された価格でしたが、よく話題にもなり、良好な販売結果を残します。

⑤「中華三昧」(1981年)&「新中華三昧」(1987年)

「中華飯店」の成功に手応えを得て、1981年にスーパーを始めとする大規模流通向けに発売されたのが「中華三昧」です。広東、北京、四川をテーマにした「本格中華の拉麺」として、これまでの倍近い120円で発売された「中華三昧」は『そんな高い即席麺が売れるわけがない』という販売店の声も少なくありませんでしたが、品切れが続出して生産が追いつかなくなるほどの、爆発的ヒットを記録します。

 ちなみに、販売にあたっては、中国皇帝料理を彷彿させるようなきらびやかな広告宣伝が大量投入されましたが、そこで使用された「拉麺の歴史が変わる」「中国四千年の味を伝える幻の麺」というキャッチコピーは糸井重里氏によるものでした。この「中華三昧」の大ヒットは業界に一大ブームを巻き起こし、各社からも「麺皇(日清食品)」「華味餐庁(東洋水産)」「桃李居(サンヨー食品)」「楊夫人(ハウス食品)」といった高級麺が次々と発売されました。

 そして、いよいよバブル期に入った1987年に、明星食品が百貨店限定で出した「新中華三昧 特別仕様」がまたもや世間を驚かせます。具材にフカヒレやアワビなど高級食材を惜しげなく使ったこの究極の高級即席麺の価格は、なんと1000円。バブル期の話のネタは今でも時々話題に出るほどインパクトのあるものが多いですが、即席麺業界にもきっちり足跡を残していますね。

⑥「一平ちゃん」(1993年)

 さて、バブルも絶頂期の1989年になると、即席麺業界に大きな転機が訪れます。1971年の「カップヌードル」の登場以来、成長を続けていたカップ麺がこの年、24億5000万食に達し、遂に袋麺の22億2500万食を超えたのです。(ちなみに現在では、カップ麺が30億食強、袋麺が20億食弱となっています)

 前述した通り、かつては幻のカップ麺第一号も手がけた明星食品でしたが、70年代に日清の「カップヌードル」に、おしゃれなイメージで対抗した「カップリーナ(1974年)」や、80年代にエースコックの1分で出来るカップ麺「ACE1(1982年)」に追従した「QUICK1(1982年)」など、カップ麺においては微妙な展開が続き、かつては業界首位だった業績も低迷していました。

 そんな明星食品が1993年に、ようやく生み出したカップ麺でのヒット作が、濃いめの味つけがクセになる「一平ちゃん」シリーズです。なお、一平ちゃんの『一平』には『平成で一番うまくなる様に』という意味が込められており、当時の意気込みを感じさせます。

⑦「一平ちゃん 夜店の焼そば」(1995年)

「一平ちゃん」のヒットによって、カップ麺でもようやく存在感を示した明星食品、次なる戦略はその「一平ちゃん」の積極的なブランド展開でした。

 元々、明星食品はカップ麺オリジナルのヒット商品こそ出せていませんでしたが、1977年に業界で初めて(今でこそ当たり前ですが)袋麺の「めん吉」を「めん吉ラーメンどんぶりくん」としてカップ麺化したり、1978年にも「チャルメラ」を「チャルメラコーン焼豚入り」としてカップ麺化するなど、形態を跨いだブランド展開の経験がありました。

 カップ麺において「冬場の一平ちゃん」「夏だぜ!一平ちゃん」「でかめの一平ちゃん」といったバリエーションを展開しつつ、1995年に投入された新商品が「一平ちゃん 夜店の焼そば」です。街のお好み焼き屋で出されるような、マヨネーズが綺麗にかかった本格的な焼そばを目指した、からしマヨネーズ付きの元祖とも言えるこの商品の味はもちろん、ブランド展開という意味でも、明星食品の新しい顔となり現在に至っています。

◆バブル崩壊後のデフレ経済に向かう中、上場来初の経常赤字に転落

「一平ちゃん」シリーズの投入で、ようやくカップ麺カテゴリでも反撃の兆しを見せた明星食品でしたが、まだ兆しであり、1994年には1979年の上場後初の経常赤字に転落しています。これは、カップ麺でのヒット作が出せなかったことや米国進出の失敗等の影響もありましたが、小売りや卸売業界の拡大にともない、メーカー側の価格交渉力が相対的に低下、元々安価のカップ麺を更に安売りして目玉にするような広告手法も横行するようになり、単価自体が上がらない業界構造的な問題も孕んでいました。

 そんな状況下、明星食品はあくまで自主独立を掲げ、再び王者・日清食品に対抗すべく、工場再編等の抜本的リストラを進めます。また、その過程で創業家出身の取締役は次々と退任、1999年には創業者の長男である奥井順太郎取締役も退任し、創業家の役員は姿を消しました。このような流れを経た2006年、明星食品を経常赤字以上の衝撃が襲います。それが米国投資ファンド、スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド(以下、スティール)による敵対的TOBでした。

◆スティールによる創業者一族の持ち株買収から敵対的TOBに至るまで

 スティールといえば、リーマンショック以前の頃、ソトーやユシロ化学工業といった企業を相手に敵対的TOBを発表して揺さぶりをかけ、増配を勝ち取ったり内部留保を吐き出させるやり方で荒稼ぎし、村上ファンドと並ぶアクティビスト・ファンドとしてその名を轟かせていたファンドです。この後に展開されるブルドックソース事件なども有名ですね。

 そんな攻撃的なスティールが明星食品の株式を手に入れたのは2003年、前述の通り経営から手を引いた創業者一族の奥井家から発行済株式の約10%に当たる411万株を1株300円弱(=約12億円)で買収したところから始まります。またこのタイミングで、この展開に村上ファンドも参戦、同様に明星食品株を大量に保持し、MBOの提案や株式持ち合いの解消、立地のよい本社ビルの有効活用、増配要求等で、様々な揺さぶりをかけて増配を手にしています。

 そして、スティールは増配を手にした村上ファンドから1株750円で352万株を買収、最終的に更に買い増して全明星食品株の23.1%に当たる1000万株弱(約55億円)を持つ大株主となります。ただ、この時点では社外取締役として派遣していたスティール日本法人代表の黒田賢三氏もそこまで強引な進め方を良しとしなかったため、比較的良好な関係だったようです。

 しかし、2005年末から度々MBO提案を持ちかけるようになり、2006年6月に黒田氏がスティール本社から実質的に更迭されると、スティールは一気に強硬策に出ます。10月27日にTOBを発表、10月31日に明星食品の経営陣がスティールへのTOBの応募見送りを株主に要請、敵対的TOBへと発展しました。

◆宿敵とも言える日清食品がホワイトナイトになった理由

 この敵対的TOBに対して、明星食品はメインバンク系の三菱UFJ証券をアドバイザーに指名し、対抗策としてホワイトナイト(友好的TOB)を選択、その資本提携交渉先として日清食品を選びます。

 本来、明星食品とすれば、シェア奪還のためにリストラを敢行したわけで、いまさら日清食品の傘下に入るのは厳しい決断であったはずです。しかし、11月27日のTOBの期限までに有効な対抗策を取れなければ、スティールの判断次第でより独立性が失われる可能性もあります。その結果、11月15日に日清食品の友好的TOBと明星食品の賛同が発表されます。

 ところで、ホワイトナイトを要請された日清食品側にはどのようなメリットがあったのか、ここで2006年頃の即席麺業界のシェアを見ておきましょう。

 首位の日清食品のシェアは既に他社を圧倒するものでしたが、前述した通り、強くなった流通業界に対して、価格交渉力を発揮するためにもシェアは重要でした。ここで4位の明星食品を傘下に加えれば実質的に業界シェアの過半を握ることとなり、そういった意味でも価値のあるディールであったと言えます。

◆敵対的TOBが不成立も、30億円の利益+αを得たスティール

 こういった経緯を経て実施された日清食品のTOB価格は870円、スティールの提示価格700円を大きく上回っており、11月27日期限のスティールのTOBには応募がなく不成立、スティールが日清食品のTOBを支持することを発表し、一連の騒動は収束に向かいました。

 ただ、スティール的には前述の通り、保持していた1000万株弱(=55億円で取得)が日清食品のTOB価格870円で買収されることにより、30億円の利益を得ることになりました。また、スティールは買収した側の日清食品の株式も実は6%保持しており、日清食品のシェアが50%を超えることを好感しての値上がりも期待できます。

 そもそも、スティール側のTOB価格700円も、TOB直前の株価609円に対してプレミアムは15%ほどであり、この年の上場企業へのTOBの平均プレミアムが25%ほどあったことを考えると、その後値段を吊り上げなかったことを考えても、本気で取りに行ったディールではなく、日清食品を舞台に引っ張り出すまでがシナリオだったのではないかと考えられますね。

◆企業の禍福も糾える縄の如し?明星食品に見るアップダウン

 この一連のディールで、10億円を超える現金を得た創業家、30億円の利益を得たスティール、シェア50%超えを視野に入れた日清食品に比べて、一人負けしたとも言える明星食品、確かに引き金を引いたのはスティールですが、ここまで見てきた歴史を俯瞰してみると、良くも悪くも運命的な流れだったのかもしれないとも感じます。歴史に『もしも』はありませんが、あえて挙げみると

「もし、カップ麺第一号が実現していたら、日清食品のポジションについていたのは明星食品だったかもしれない」

「もし、カップ麺第一号が実現していたら『チャルメラ』『中麺』『中華三昧』といった袋麺の名作は誕生していなかったかもしれない」

「もし、高級麺路線の『中華三昧』の成功が無ければ、バブル後のデフレへの移行も赤字が出るほどではなかったかもしれない」

「もし、赤字が出なければ、抜本的な経営転換やリストラをすることはなく、創業家一族も経営陣に残っていたかもしれない」

「もし、経営陣に創業家の役員が残っていれば、『所有』と『経営』が分離して、スティールが買収することも無かったかもしれない」

といった感じでしょうか。

 失敗が成功を呼び、成功が失敗を呼ぶという意味では、企業も人生と同じく、個々の事象を一定の時間軸のみで判断するのは難しいことなのかもしれません。もしかすると、痛みを伴った10年前の業界再編が今後プラスになることもあるかもしれませんしね。

 さて、最後に一つ日清食品傘下でのエピソードを。カップ麺の「チャルメラ」の縦型カップは紙カップを使用していましたが、日清食品の傘下になった後の2010年からは「カップヌードル」などで使われている日清食品が独自に開発した「ECOカップ」に切り替わっています。かつて、カップ麺第一号の成否を分けた鍵が容器だったことを思うと、少し感慨深いものがありますね。

決算数字の留意事項

基本的に、当期純利益はその期の最終的な損益を、利益剰余金はその期までの累積黒字額or赤字額を示しています。ただし、当期純利益だけでは広告や設備等への投資状況や突発的な損益発生等の個別状況までは把握できないことがあります。また、利益剰余金に関しても、資本金に組み入れることも可能なので、それが少ないorマイナス=良くない状況、とはならないケースもありますので、企業の経営状況の判断基準の一つとしてご利用下さい。

【平野健児(ひらのけんじ)】

1980年京都生まれ、神戸大学文学部日本史科卒。新卒でWeb広告営業を経験後、Webを中心とした新規事業の立ち上げ請負業務で独立。WebサイトM&Aの『SiteStock』や無料家計簿アプリ『ReceReco』他、多数の新規事業の立ち上げ、運営に携わる。現在は株式会社Plainworksを創業、全国の企業情報(全上場企業3600社、非上場企業25000社以上の業績情報含む)を無料&会員登録不要で提供する、ビジネスマンや就活生向けのカジュアルな企業情報ダッシュボードアプリ『NOKIZAL(ノキザル)』を立ち上げ、運営中。

<写真/Nixie Rhie>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:7/5(火) 16:27

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