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遅咲きの大打者が振り返る野球人生“一発逆転”の転機「後悔も未練もない」

THE ANSWER 7/8(金) 10:33配信

30歳過ぎで初めて規定打席到達、42歳で2000安打…和田一浩が振り返る「逆転」の転機

 コツコツと積み上げた先に、2000本安打の大記録が待っていた。

 42歳11カ月での達成は史上最年長。和田一浩は西武ライオンズに入団して6年目の2002年、30歳になってようやく規定打席にたどり着き、そこから「強打者」の道を歩み始めた。西武で11年、中日ドラゴンズで8年。首位打者、リーグMVP、クライマックスシリーズMVP、ベストナイン……多くのタイトルを手に入れ、2000本安打を達成したシーズンを最後に引退した。

 規定打席をクリアした2002年シーズンは、捕手から外野手にコンバートされた年。ピンチをチャンスに変えたことで、自分の可能性を広げたのだった。

「外野は本格的にやったことのないポジションだったので、最初からうまくいくわけなんかないと自分のなかで割り切った感じがありました。だから上手にやろうとは思わなかったですね。逆に中途半端にやるのは良くないんで、とにかく思い切ってやるしかないとは思いました。

『自分は下手くそなんだ』と受け入れて、いろんな人の意見を取り入れながらやっていきましたね。(外野手が)1年通してやれるのかどうかも分からなかったし、とにかくその日の1試合を目いっぱいやろう、と。

 本当に、一歩ずつ、一歩ずつ。行き当たりばったりで日々を目いっぱいやっていったら、『あっ、規定打席に届いたのか』というような感じですね。自分としては毎日を目いっぱいやろうとしただけ。割り切りという点では、『今はそれ以上求められても無理だから』とできないことをマイナスには捉えていませんでした」

「割り切り」と「思い切り」、そして「振り返り」

 割り切りと思い切り。これがバッティングにも好影響を与えていく。この年打率は3割を超え、33本のホームランを放っている。

 ブレイクにはもう一つの要素「振り返り」があった。

「毎日、試合があるわけじゃないですか。でも4打席中あったとして全部ヒット打てることなんて、ほぼない。打てなかったとき、どうして打てなかったのかを僕は技術的に理論的に考えるようにしました。ただ打てなかったな、で終わらせません。

 右肩が前に出てしまっていたから、とか、手の角度がどうだったかとか、きちんと振り返っておく。逆にどうして打てたのかも考えますよ。物事には絶対に理由があるので、『どうして』というのを、きちんと理解しておくようにしました。そうすることで次の試合につなげたいと思いました」

 失敗やミスのタネを決して放置しておかない。4打席中3安打の猛打賞をマークしたとしても、打てなかった1打席の原因を探った。俺は何故、あそこで打てなかったのか、と。

 和田らしいエピソードがある。

 中日にFA移籍した2年目の2009年シーズン。前年で3割を打っていながらも、打撃改造に着手したのである。失敗したら「打法」そのものが崩れてしまう可能性もある。しかし彼はリスクを見ようとしなかった。

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最終更新:7/8(金) 10:44

THE ANSWER