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イットモデル礼賛! 60年代から今日まで、伝説を作ったアイコンたち。

VOGUE JAPAN 7/8(金) 22:00配信

イットモデル---その「イット」の称号を得ることができる境目は何だろう。いわゆるitという用語が流行るその前から、時代を彩るモデルたちは勿論、存在している。60年代のツイッギーから80~90年代のスーパーモデルたちまで。往年のアイコンたちを改めて振り返り、彼らがイットである所以を探ってみよう。

ツィッギーからクラウディア・シーファーなど、伝説的なITモデルたちの関連フォトギャラリー。

【60年代】スウィンギング・ロンドン全盛期。

1960年代のイットモデルと言えば、ツイッギー。ミニスカートがマリー・クワントによって商品かされて爆発的にヒットし、小枝(twig)のように細くて長い脚にピクシーカット、つけまつげで強調した大きな瞳のツィギーは、それまで主流だった大人っぽさとは違う、ガーリーな愛らしさで世界を魅了した。

当時は「スウィンギング・ロンドン」とも呼ばれたイギリスの首都がポップカルチャーの中心。ジェーン・バーキンや、恋人で人気フォトグラファーのデヴィッド・ベイリーによって売り出されたジーン・シュリンプトン、黒髪のショートボブにアイメイクが印象的なペギー・モフィットなどが活躍。ドイツ出身のヴェルーシュカも各国『VOGUE』のカバーを飾り、映画『欲望』(ジェーンやペギーも出演)で本人役を鮮烈に演じるなど、アート指向の活動で注目された。

ニューヨークには、アンディ・ウォーホルのミューズ、イーディ・セジウィックが。良家のお嬢様ながらパーティガールでもあり、後に現れるパリス・ヒルトンらソーシャライトの先駆け。2006年には映画『ファクトリー・ガール』でシエナ・ミラーがイーディを演じている。

【80年代】パワフルなスーパーモデルが業界の空気をガラリと変える!
1983年から89年まで、カール・ラガーフェルドによってシャネル(CHANEL)のミューズに選ばれたのは、ココ・シャネルにそっくりの外見だったイネス・ド・ラ・フレサンジュ。オートクチュールのメゾンと専属契約を結んだ最初のモデルは彼女。80年代のシャネルの顔として、世界中に広く知れ渡った。

80年代後半にはリンダ・エヴァンジェリスタ、クリスティ・ターリントン、ナオミ・キャンベルが大ブレイク、「スーパーモデル」という言葉が一般にも浸透。「トリニティ」の別名を持つこの3人にシンディ・クロフォード、クラウディア・シーファー、ステファニー・シーモアを加えたゴージャスでセクシーな6人を中心に、一大ブームは90年代前半まで続いた。

ヘアチェンジのたびにイメージを変えるリンダ、メトロポリタン美術館によって「20世紀の顔」に選ばれたクリスティ、88年に黒人モデルとして初めて仏版『VOGUE』の表紙を飾ったナオミ、オールアメリカンガールな健康美と口元のほくろがチャームポイントのシンディ、というように各々が強烈な個性を打ち出し、スーパーモデルというブランディングで幅広い層にアピール。モデルは服を見せるのが仕事だけれど、服よりも着ているモデルの方が主役になる勢いを見せていた。

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最終更新:7/8(金) 22:00

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。