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アップル流、音楽ストリーミング戦争を勝ち抜く方法

ローリングストーン日本版 7/10(日) 11:00配信

テクノロジーの巨人が財布のヒモを緩め、これまでにないやり方でアーティストのキャリアにかかわっていくーー音楽ストリーミング戦争、アップルの戦法とは。



ドレイクの『ホットライン・ブリング』のビデオ、テイラー・スウィフトのツアームーヴィー、ザ・ウィークエンドの『キャント・フィール・マイ・フェイス』には共通点がある。アップルの資金提供を受けているのだ。世界で最も企業価値の高い企業と言われているアップルは、ミュージック・ビデオやコンサート・ドキュメンタリー、ドキュメンタリー作品の制作、そしてとりわけ、アルバム独占配信を入手するためにその巨大な資金を投じている。そしてテクノロジーの巨人の重役たちは、ポップ・スターのプロジェクトに関与している。アップルのCEO、ティム・クックはM.I.A.の『Borders』のビデオ制作に一枚かんでいる。

「ティムはあのプロジェクトには力を入れていたよ」と語るのは、アップルのオリジナル・ミュージック・コンテンツを担当しているラリー・ジャクソンだ。直近の独占配信は、チャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』である。彼はレーベルに所属しておらず、ダウンロード版の販売もしていないので、消費者は『Apple Music』で聞くしかない。「ここをアーティストが好きなことをできる家のような場所にしたいんだ」と語るのは、レコード業界長年の大御所、ジミー・アイオヴァインだ。2014年にパートナーのドクター・ドレーとビーツ・エレクトロニクスを30億ドルでアップルに売却した後、アイオヴァインはアップルのストリーミング・サービスを引き継いでいる。

音楽業界でスピード出世を果たしたラリー・ジャクソン

音楽業界でスピード出世を果たしたラリー・ジャクソンは、アップルの革新的なアプローチのけん引力となってきた。彼は『Apple Music』のボス、ジミー・アイオヴァインとインタースコープ・レコーズで過ごした時間がインスピレーションの元になっているという。当時ラナ・デル・レイと契約したジャクソンは、彼女はインターネットによってインターネットのために生まれてきたようなアーティストであるため、ラジオのプロモーションにお金をかけるよりは、全ての予算をビデオに投じるべきだとインタースコープを説得したのだった。「僕らはもう、こうなったら映画を作ってしまえということになった。そこで長編作品を作ったんだ。だから(ラナ・デル・レイの)『ナショナル・アンセム』は8分もあるんだ」。シングルがラジオのローテーションに入ることもないまま、『ボーン・トゥ・ダイ』はビルボードで2位に初登場し、プラチナ・ディスクになった。このことはジャクソンにとって、自分の考えが正しかったという証明となったのだ。

『Apple Music』もこれと同様、コンテンツ中心のアプローチを取っている。しかし、アップルは音楽ストリーミング事業を制するにはほど遠い状況にある。同社の音楽関連の売り上げは2013年の14億ドルから、2015年には24億ドル近くにまで増加したが、報道によれば、『Apple Music』の有料加入者が1,500万人であるのに対し、『Spotify』の有料加入者数はおよそ3,000万人、『Tidal』は約300万人である。『Tidal』はジェイ・Zが主宰するサービスで、ビヨンセ、リアーナ、カニエ・ウェストといった注目度の高い独占配信を行っている。しかし、企業価値5,860億ドルともされるアップルには、こうした競合企業にはない強みがある。それは、キャッシュだ。

4月終わりの2週間、ドレイクの『ヴューズ』がアップルで独占配信されたが、これは『ホットライン・ブリング』ビデオ制作を含む数百万ドルの契約の一部であるという。同社はまた、ウィークエンドの『キャント・フィール・マイ・フェイス』ビデオの2つのバージョン(1つは結局リリースされなかった)にも資金を提供。2月にはフューチャーの『EVOL』を独占配信、フューチャー自身がDJキャレドのapple music内のBeats 1ラジオショーに出演してお披露目したのだった。「このブランド力だけは否定のしようがない」とDJキャレドは語っている。

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最終更新:7/10(日) 11:00

ローリングストーン日本版

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