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イギリスのEU離脱で高ぶる反移民感情とヘイトクライムの実態

HARBOR BUSINESS Online 7/10(日) 16:20配信

◆国民投票後に拡大したヘイトクライム

「アフリカに帰れ」「イングランド出身でもないなら黙れ、汚い移民め」「移民は強制送還されろ」。英国のEU離脱の是非を問う国民投票の結果が出てから4日後の28日、ソーシャルメディア上で一本のビデオが出回った。ビデオに映っているのは、マンチェスター市内を走るトラムの車内、混雑する朝の通勤時間帯に、3人の若者が乗客の1人に暴言を吐き、持っていたビール瓶の中身を浴びせかける姿だ。若者たちの発言の多くは放送禁止用語で、乗客の一部からは「赤ちゃんも乗っているのに」「恥さらし」と非難の声が飛ぶ。ビデオが公開された数時間後には、ビデオに映っている若者たちとみられるそれぞれ16歳、18歳、20歳の若者が逮捕された。その翌日には、筆者の自宅にも近いロンドン市内東部にある公園ニューイントン・グリーンで、何者かによって「FUCK EU」「PACK YOUR BAGS SCUM(荷物を纏めろクズ)」という落書きが見つかった。遡って国民投票直後の25日には、イングランド中部のハンティンドンで「Leave the EU」「No More Polish Vermin」(EUを離脱しよう、ポーランドの害虫はもういらない)とタイプされ、丁寧にラミネートまでされたカードが住宅や学校、車などにばらまかれた。

 これらは国民投票後に目立つようになった差別行為及びヘイトクライムのほんの一部で、似たような事件を全て挙げているときりがない。筆者もソーシャルメディア上で、友人知人にここ数日ヘイトクライムを見聞きしたか尋ねてみたところ、1日のうちに5件の体験談が寄せられた。全国警察署長委員会の発表によると、投票日の23日からの1週間で、警察当局の出資するヘイトクライム防止のためのウェブサイトTrue Visionへの通報は331件に達した。これは通常の週平均63件の実に5倍以上だという。ツイッター上では#PostRefRacism(国民投票後の人種差別)というハッシュタグが多数のヘイトクライムの報告を集めている。

◆移民問題に焦点をあてたUKIPの戦略

 言うまでもないが、こうした差別行為は今に始まった問題ではなく、特にイスラム教徒に対するヘイトクライムは度々問題になってきた。しかし、国民投票以降に目立つ変化には、宗教や人種に関わらず「移民」あるいは「移民っぽい」とみられるあらゆる人々が対象になっていること、また多くの事案で加害者が「我々が勝った」、彼らが移民を「追い出すことに投票した」と謳っていることなどが挙げられる。例えば、先に挙げたマンチェスターのトラムでの事件では、ターゲットとなった男性はテキサス出身のアメリカ市民であると報じられており、彼がアングロサクソン系の風貌ではないことが差別発言の理由になったとみられている。英国で生まれ育ち、英国籍を持つ市民も多数がこうした嫌がらせを報告しており、EU圏からの移民であるかどうかに関わらず、少しでも見た目が「違う」というだけで標的になっているようだ。これは日本人にとっても他人事ではない。事実筆者に寄せられた体験談の一つでは、東アジア系のある女性が、ロンドン市内で見知らぬ男性から東洋人に対する蔑称で呼ばれ、「国に帰れ」と言われたという。

 こうした変化が起きた背景については既に多くの解説がなされているが、改めて簡単に説明すると、EU離脱派が移民問題を焦点としたことが大きな理由とされている。当初離脱派は、EUの官僚体質や、EUに対する経済負担を離脱の主な理由とする保守党中心の勢力と、移民問題を前面に押し出す英国独立党(UKIP)中心の勢力とに分かれていた。しかし経済面の議論では残留派が圧倒的に有利だったこともあり、焦りを募らせた保守党離脱派は投票日まで一ヶ月を切る頃に、移民問題に焦点を当てる方向へ大きく舵を切った。この方向転換が影響したのか、調査会社Ipsos Moriが投票日当日に公開した世論調査では、「英国が現在直面している問題は何か?」という問いの答えの第1位は「移民」で、2位の「国民保健システム・病院」を11ポイントの差で引き離している。5月の調査と比較しても、なんと10ポイントも増加した数字だ。

◆くすぶり続けていた反移民感情

 当たり前のことながら、移民問題を理由にEU離脱を決断すること自体は人種差別ではないし、離脱に投票した人々イコール人種差別主義者あるいは排外主義者というわけでは決してない。しかし、国民投票前から離脱派の論調が人種差別を助長していると懸念する声は多かった。国民投票前の一ヶ月間で何度か耳にしたフレーズに、「離脱派全員が人種差別主義者ではないが、人種差別主義者の全員が離脱派だ」というものがある。離脱派全てに差別主義者というレッテルを貼ってはいけないが、離脱派の差別的な論調には注意すべきだ、という意味だろう。投票後のヘイトクライムの増加は、彼らの恐れが的中したと言える。

 しかし、国民投票の結果がこれほど急激な変化をもたらしたのは、離脱キャンペーンなど始まるよりも前から英国社会の表面下でくすぶり続けていた不満が噴出したからに他ならない。もともと移民受け入れの歴史も長い多文化社会の英国では、反人種差別の意識も非常に高く、特に都市部では、日常生活でも少しでも偏見のある意見は強く忌避される傾向にある。しかし同時に差別に敏感になるあまり、移民問題について率直な意見交換がしにくくなった面もあるかもしれない。移民問題を取り巻く緊張感が高まるにつれて、移民を諸問題の元凶として差別的な論調を煽る極右層と、移民問題を懸念することがすなわち人種差別であると糾弾する極左層の両極に挟まれ、移民政策についての健全な議論の場は地雷原と化してしまった。そこにイスラム過激派のテロに関するニュースや、大手メディアによるセンセーショナルな移民問題の報道が加わり、しっかりした議論のないまま数年をかけ、水面下で反移民の感情は膨張していたのだ。それが移民問題を大きく掲げた離脱派の勝利で堰を切ったように溢れ出し、一部の極端な差別主義者は、これを人種差別が社会的に正当化されたと曲解したようだ。

◆Twitterで広まった反差別運動 #Safetypinキャンペーン

 もちろん、ヘイトクライムの増加に伴ってそれに対抗する声も大きくなっている。ツイッターから始まった#Safetypinというキャンペーンは、その名の通り安全ピンを衣服などにつけるだけで、自分が「安全」な人間であるというメッセージを発し、差別に対抗しようという趣旨で、大きく広がっているようだ。また、4日の朝にはロンドン市内各地の地下鉄駅などで、ヘイト反対のメッセージがプリントされたステッカーが配られるキャンペーンもあった。しかしこうした動きに対し、反差別のメッセージを身につけるだけでは解決にならないという批判も上がっている。実際にヘイトクライムが起きた時に、周囲の人が仲裁に入らないケースが多く報告されており、現場で行動を起こさないと意味がないというのが主な理由だ。

 より混迷を深めていくEU離脱問題の渦中で、移民に関する議論も当分落ち着くことはないだろう。ヘイトクライムの増加は、英国社会の歪な側面を露わにしたと同時に、これまで蓋をしてきた現実を直視する機会でもあるかもしれない。また、これは少子高齢化で近い将来移民の受け入れ拡大に現実味が帯びている日本においても、一つの教訓とすべき事例だろう。移民がもたらすメリットは多岐にわたっており、適切なコントロールと議論の下であれば相互に利益があるはずだ。国内で互いを攻撃しさらに対立を深めるのではなく、これを機に冷静な移民政策の議論がなされることを一市民、そして一移民として切に願っている。

<取材・文/箱崎日香里(翻訳家・ライター)>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:7/10(日) 16:20

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