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STY&今井大介が明かす、音楽作家としての転機 「“R&B不遇の時代”が作風を変えた」

リアルサウンド 7/11(月) 14:47配信

 音楽を創る全ての人を応援したいという思いから生まれた、音楽作家・クリエイターのための音楽総合プラットフォーム『Music Factory Tokyo』が、EXILEや少女時代、宮野真守などを手掛け、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEの「R.Y.U.S.E.I.」で時代を象徴するスター作家となったSTYと、AIやBENI、倖田來未などのブラックミュージック路線を切り開いたサウンドプロデューサー・今井大介(以下、今井)による対談を公開した。

 同サイトは、ニュースやインタビュー、コラムなどを配信し、知識や技術を広げる一助をするほか、クリエイター同士の交流の場を提供したり、セミナーやイベント、ライブの開催など様々なプロジェクトを提案して、未来のクリエイターたちをバックアップする目的で作られたもの。コンテンツの編集には、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintが携わっている。前編では、今井がSTYをはじめ数々の注目株作家が所属するクリエイティブ集団・Digz, Inc.Groupに加入したことをきっかけに、改めて2人のルーツやお互いの楽曲についての見解を語ってもらうと共に、2人が考える”クリエイターとして重きを置くこと”についてじっくりと語ってもらった。(編集部)

・「R&Bの時代がもう一度来れば“無双”する自信はある」(今井)

――まずは2人の音楽遍歴、原体験となった部分を教えてください。

今井:音楽はずっと大好きで、最初に買ったCDは安全地帯でした。小学校高学年から中学生になるくらいにはデュラン・デュランやA-haも聴いたりしていました。でも、今の音楽に通じる部分の原体験としては、中学2年生の時にソウル・R&Bマニアの友人から教えてもらったボビー・ブラウンですね。そこからニュー・エディション、ガイ、キース・スウェットと辿っていき、ニュー・ジャック・スウィングにハマりました。

STY:僕は微妙に違って、中学3年生くらいでTLCの『Waterfalls』の虜になり、そこからR&Bの魅力を知っていきました。

――そこから“作り手”として音楽を意識するようになったのは?

STY:クラブに行き始めたころ、ショーケースなどでラップをしている人が一定数いて、僕も若かったからそれを見て「これ、自分でもできるんじゃないか」と思ったんです(笑)。で、そこからレコードに入っているインストゥメンタルの音源を使ってラップをしてました。そのあたりから自分で音楽を発信する楽しさを知ったんです。

今井:僕は中学校3年生のときに、RolandのD-5と4トラックのMTRを買いました。当時はシーケンサーなんて知らなかったから、全部リアルタイムでテープを打ち込んでて。

STY:すごい。ライブみたいですね(笑)。

今井:そうそう(笑)。で、高校になってシーケンサーの存在を知り、YAMAHAの『QY10を買いました。でも、本格的に音楽を作り続けていたわけではなくて、しばらくブランクがあった後、20歳を超えてから本気で向かい合うようになったんです。ちょうどDTMが普及し始めたくらいのころかな。

STY:僕も同じ時期から音楽制作をするようになりました。とはいっても機材を買うお金がなくて、大学入学時に買ったノートパソコンで全部制作していたんですけど。パソコンに付属のマイクで歌を録ったり、オーディオ・インターフェイスも使わずに作り始めました。

――ここまではアマチュア時代の話ですが、プロの音楽作家としてデビューすることになったきっかけは?

今井:僕の場合は作家デビューとアーティストデビューが同じで。アメリカのロサンゼルスにあるミュージシャンズ・インスティテュート(音楽大学)に留学していた21歳のとき、プロデューサーのジョーイ・カルボーンがBMGアリスタのアーティスト契約を取ってきてくれたんです。その3カ月前に友人であるAIがBMGからのリリースが決まっていて、彼女のデビュー作『Cry,justCry』に僕が作詞・作曲・編曲をした曲がカップリングとして収録されました。で、僕の1stシングル『Can't Let This Love』と、『Cry, Just Cry』の発売日がまったく同じなんです。

STY:僕、AIさんがBMG時代に大阪でやっていたライブは全部行ってました。今井さんがデビューしたくらいのタイミングは、大学で卒論を書いてましたね。改めて早く始めたかったと思いました。

今井:でもSTYが10代から本格的に活動していたらと考えるだけで恐ろしいよね。もう十分だよ(笑)。

STY:(笑)。僕は大学を卒業したあと、普通に2年間会社員を経験しているんです。 お金を貯めてロースクールを目指して会社員として生活をしていたのですが、ちょうど学校への道を考え始めたタイミングで作家としての仕事が続々と決まって。音楽も仕事も勉強も中途半端にはできないと思い、その中で一番好きで、自分に向いていると思った音楽の道を選びました。

――2005年8月24日にリリースされたCOLORの『Summer time cruisin'』ですね。

今井:デビュー曲でいきなり表題曲だったんだ! この曲、今でもMVを覚えてるよ。

STY:僕は制作の経緯もうろ覚えですけどね(笑)。たしか、ATSUSHIさんにデモを聴いていただく機会があって、かなりの曲数を渡したり、編曲したものを聴いていただいたのが『Summer time cruisin'』で。

今井:たしか、そのあとCOLORのアルバムはほとんどSTY君が手掛けるようになったよね。

STY:そうですね。あまり量産するタイプの作家ではないので、時間との戦いでした(笑)。

今井:わかるよ、それ。僕も1曲ずつちゃんと熟成させるタイプだから。

――ということは、お2人ともボツ曲は少ないんですか?

STY:え、だってボツ曲を作っている時間ってもったいないじゃないですか。

今井:いや、そうなんだけど普通はそうもいかないでしょ(笑)。

――ちょっと疑問に思ってもボツにせず徹底的に手直しするのか、頭の中に間違いないというものがあってそれに近づけるのかどちらなのでしょう?

STY:完全に後者ですね。

今井:僕はちょっと違うかな。あと、若い時と今は違ってて、自虐的に言うと発想力がだんだん乏しくなってしまっているから、若い子の力を借りるようにしているんです。だからこうやってDigzに来て、Maozon君やDirty Orange君と一緒に作業をしていると、気づきが多いんです。

――今井さんはなぜそのような手法を選んだのでしょうか。

今井:自分ひとりだと、どうしてもR&Bになってしまうんです。でも、残念ながらいまはR&Bが流行っていないから、別ジャンルの作り手に協力してもらうというか。もちろん、R&Bの時代がもう一度来れば“無双”する自信はあるんですよ(笑)。そういう意味ではこだわりがなくなったといえるのかもしれないですね。自分が十数年間やってきたメロディが、R&B以外のメロディに当てはまって、それが面白いと思われることもわかったし。具体的に言うと、僕はトニック進行や極端な転調は好みではないのですが、人が作ったそれらの要素を含んだ楽曲に自分のメロディを合わせてみたら、これまでにないようなものが生まれたり。

――やるたびに発見が出てくると。

今井:そうなんです。だから、今は斬新なアイディアが出にくくなった分、幅はものすごく広くなりましたよ。

STY:僕も、かつては拘りの強い人でしたね。R&Bという自分が大好きで大事に思っている立ち位置から動きたくなくて。ゼロ年代後半から今井さんの言ってくれたような“R&B不遇の時代”に突入したことで、僕らに求められる作家としての作風も変わってきたんですけど。

今井:着うたブームのときね。

STY:そうです。そのあたりって、自分の中でも自分がどういう作風で制作したらいいか迷いもあって。ただ、音楽性にこだわらず他ジャンルのアーティストさんとお仕事するようになって、改めて自分の立ち位置がわかったんです。片足をしっかりと自分のルーツであるR&Bという軸に置きながら、もう片方を色々な場所へ突っ込むことによって、戻ってくる場所も明確にしつつ、様々なジャンルに関わることで世界が拡がる楽しさを味わいました。

今井:片足をちゃんと自分の軸に置くのは大事だよね。STY君はそうやって僕やAKIRAさん、今井了介さんのようなJ-R&B初期の世代が持ってるマインドと、Maozon君やDirty Orange君のような若い世代の柔軟な発想の両方を持っているのが本当にすごいと思う。

・「アーティストをメインに据えつつ、裏方がちゃんとやってる感が出ればいい」(STY)

――2人とも、しっかりと自身の軸を持っているからこそ現在の地位を確立したのだと思うのですが、その中でも核となっているサウンドとは?

今井:自分が歌手だったということもあって、やはりボーカルワークでしょうね。例えば歌謡っぽい曲だと、めちゃくちゃコーラスを積んじゃう。もちろん、シンプルにしたほうがいいものは徹底的に削ぎ落とす。そのときに出る差異や独特のコード感をみんなが「今井さんっぽい」と言ってくれるということは、ある程度自分らしさが出せているんだと思います。

STY:僕はアーティストをしっかりメインに据えつつ、裏方がちゃんとやってる感が出ればいいかなと思っています。そういう意味で日本のポップスがJ-POPと呼ばれる以前の、60~70年代の「歌謡曲」の数々の名曲は作詞作曲家・プロデューサーとしてとても勉強になります。80年代前半くらいまでは、裏方が実力のあるポップスターをしっかりサポートしていた時代だと思うので。

今井:歌謡曲は楽曲も歌詞もすごいよね。でも、歌詞に関しては最近、その時代に近くなってきた雰囲気もあります。詩的な表現ってJ-POPになってから敬遠されがちで、わかりやすくキャッチ―なものが持て囃されてきたけど、一巡してきたように思えるんですよ。みんな、距離感の近い曲に疲れてきたのかな。

STY:その感覚はあるかもしれないですね。歌詞に関してはフックになるパンチラインをどこかに入れたいというのはあります。例えば、三代目J Soul Brothersさんの『Summer Madness feat. Afrojack』の<そのケータイのカメラじゃきっと 写りはしない景色がこんなにも 世界には溢れてる>という詞は、少し皮肉めいているとも取れるセンテンスなので、ポップスターである彼らに歌っていただくには正直少しためらいはありましたが、僕はこのメッセージをこの時代のこのタイミングに伝える事をとても大切に思ったんです。

今井:でも、実際そこが一番印象に残ったよ。

STY:それは嬉しいですね。

――今井さんとSTYさんは、お互いの手掛ける楽曲についてそれぞれどのような印象を抱いているのでしょうか。

今井:僕がSTY君に思うのは、軸がありながらもどんどん変化していく人だなと。印象が1年ごとにどんどん変わるというか。だからこそ、次に何が来るのかわからないワクワク感があるんです。ASY(DJ AKi STY YUUKi MCによるユニット)でドラムンベースをやったときなんか、本当にびっくりしたんだから。

STY:少女時代のアルバムを気に入ってくれたDJ AKiとの出会いがきっかけでASYというグループをスタートしたので、ドラムンベースは少女時代を手掛けていないとたどり着かなかったですね。僕が大介さんの曲に思うことは、自分の好きな時代のテイストが強い作風なので、安心感がありますね。「ここはコーラスを積んでほしい」というところで絶対にそうなってくれるので、聴いていて「やった!」という気持ちになります(笑)。

今井:STY君から褒められて一番うれしかったのは、SNSでも拡散してくれたBENIの「he is mine」あれはBPM60近くで完全に90sのR&Bを意識して作ったものなんで。

STY:やっぱりそうでしたか! ものすごく90s感があって好みでした。

中村拓海

最終更新:7/11(月) 14:47

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